2010年11月27日土曜日

日本のアルゼンチン・タンゴ開国は


バロン・目賀田、藤沢蘭子さんの開拓者スピリットを経て

11月ももうすぐ終わり、師走に突入しそうです・・・。
今年は、毎週のように日曜日の夜にNHKの大河ドラマ「龍馬伝」を見ました。 私の周りでは、結構今年の大河ドラマを見ている人多いようなんです。 そして、明日の晩はとうとう最終回を迎えますが、そう思うと何だか寂しいです。 会社の人や、時々会う友人と、坂本龍馬の話、岩崎弥太郎の話、勝海舟の話、西郷隆盛の話など、幕末を生きた人々の話をし、大いに楽しみました。 また、品川の私が勤務している会社の窓からは、三菱財閥創業者の弟の岩崎弥之助のお宅で、現在は建物の名前は開東閣といって三菱グループの倶楽部用建物として使われている、大きなお屋敷が見えるのですが、窓から見えるそのお屋敷を見ては、仕事を一瞬忘れて物思いにふけることもあります。 いずれにしても、明治時代の岩崎家の人は、よもや未来の人々が自分達のこの広いお屋敷を、高い建物から見下ろすことがあろうとは、思わなかったことでしょうね。
ところで、幕末の偉大な人物の1人にあげられるのが、勝海舟ですが、そのお孫さんに目賀田綱美という方がいらっしゃいます。 目賀田男爵として知られ、青年時代に過ごしたパリで社交ダンスをマスターし、「バロン・メガタ」の愛称でパリ社交界の人気者となった(?)そうです。足掛け6年のフランス滞在を経て昭和元年帰国。フランスから当時パリで流行していたアルゼンチンタンゴのレコード持ち帰り、これにより彼は日本へのタンゴの最初の導入者となったそうです。 日本のアルゼンチン・タンゴの歩みはここから始まるのですね! 実は今年の10月16日にアルゼンチン建国200年を記念して、日本アルゼンチン協会の招聘を受けて、アルゼンチン国立タンゴ・アカデミーの副会長、ガブリエル・ソリアさんが、「日本のタンゴ50年」というタイトルで講演をしてくださったのですが、その中でも“日本に最初にアルゼンチン・タンゴをもたらしたのは、なんとパリからバロン・メガタがアルゼンチン・タンゴのレコードを持ち帰ったことに始まります。”とおっしゃっていました。 さらにソリアさんは、“バロン・メガタは踊りの名手で、ブエノスアイレスにいらしたことはないにもかかわらず、なぜかパリから当時ブエノスアイレスの街角で踊られていた荒っぽいタンゴ・ダンスを見事に習得していた・・・という話も残っています。” と付け加えられました。 ここ最近、日本人のタンゴ・ダンサー達が、世界選手権で良い結果を残しているのは、きっとバロン・メガタのDNAに違いありません!! ソリアさんの話に戻ります。 その後日本は世界大戦があり、暗い時代がありましたが、1950年代にアルゼンチン・タンゴが流行り、日本にもタンゴを演奏する楽団が現れましたが、日本とアルゼンチンが直接タンゴの交流をはかったのは、1953年に藤沢蘭子さんというアルゼンチンタンゴ歌手がオルケスタ・ティピカ東京という楽団とブエノスアイレスを訪れたことが始まりなのだそうです。 講演会ではその時の映像を見せてもらいましたが、蘭子さんは着物を着て、堂々と歌っていました。 その歌いっぷりはとてもご立派で、いわゆる現代の日本の若い女の子の、可愛いけれど歌はいまひとつなアイドルとは格が違っていました。 ちょっと蘭子さんの歌を聞いてみましょうか。
http://www.youtube.com/watch?v=-9dAfdRwWkk&feature=related
そういえば、4年前にブエノスアイレスでタンゴシューズを買いに行ったあるお店で、私は日本から来たといったら、“ランコ・フジサワの国からようこそ!”と言われました。私もアルゼンチン・タンゴの歌を習っていますが、いつの日か、ランコさんのように堂堂(?)とブエノスアイレスでアルゼンチン・タンゴを歌ってみたい・・・ものです?!(今の私の夢)

2010年10月26日火曜日

今期のフィギュア・スケート、高橋選手はタンゴで



浅田真央選手もタンゴ !

10月も月末になってきました! 

今月の初めには、スポーツの話をしていました。 日本対アルゼンチン、男子バレーボールは負けてしまいましたが、サッカーの日本代表は、何と勝ってしまいました。 日本にとって歴史上初めての出来事でした。 数日後に行われた韓国戦では、引き分けでしたが、サッカー日本代表選手は、ここ数ヶ月で本当にレベルがアップしたと、私の目にもはっきりわかります。 1対1の場面でも負けないぞという気迫や自身が現れていたと思います。人は失敗や負けることで成長すると言いますが、成功することや勝つことでも成長することが出来るのだと思いました。 
そして時は過ぎて、10月22日から24日にフィギュアスケートのNHK杯がありました。 この試合を皮切りに、今期のフィギュアスケートの季節が始まりました。 (もうすぐ冬が来てしまうなんて、あの猛暑はついこの前のことでしたが・・・。)試合をご覧になった方はご存知と思いますが、今年のバンクーバー・オリンピックでメダルを獲得した浅田真央選手は8位で、たぶん今までの人生の中で最もよくない成績だったと思います。 解説者の方のお話では、今はジャンプを一から見直して、大改造をしている最中なのだそうです。 確かにジャンプで沢山ミスをしてしまいました。 でも、これはしょうがないことなのだそうです。 今までの自分のクセをとって、質の高い確実なフォームでジャンプをしたいと、自分から決めたそうです。 きっと私たちには分からない、険しい道のりなのでしょうが、チャレンジして、是非新たな浅田真央選手の素晴らしい演技を見たいものです。 そんな浅田選手の今期のショート・プログラムに使われている曲が、アルフレッド・シュニトケ作曲(1934年~1998年
旧ソ連のドイツ・ユダヤ系作曲家)映画「ロマノフ王朝の最後」に使われている“タンゴ”という曲です。 
http://www.youtube.com/watch?v=65N-wCBwxr8
実は、女子のショート・プログラムは金曜日に行われていて、うっかり録画をするのを忘れていたので、私は演技をみていないのですが、少し難しそうな曲に思えます。 でも、ラフマニノフの“鐘”も難しい曲だったはずなので心配していません。 一方、男子のメダリストの高橋大輔選手は、ショートはマンボ、フリーはアルゼンチン・タンゴでアストル・ピアソラの“ブエノス・アイレスの冬”です。去年の私の8月のブログに、ピアソラの“ブエノス・アイレスの四季”のことを書きましたが、ブエノスアイレスの四季の中で私が曲として一番好きなのは、“ブエノス・アイレスの冬”です。 高橋選手、よくぞ“ブエノス・アイレスの冬”を選んでくれました!! その高橋選手の試合結果は、見事優勝! おめでとうございます。 ショートとフリーで両方ともラテン系の曲を選んだ高橋選手は、「暑苦しく演技したい」と言っていたそうです。 表現力たっぷりに演技していて、素晴らしかったと思いますが、暑苦しいとまでは思いませんでした。 私の話と比べて恐縮ですが、私のアルゼンチンタンゴの歌の先生からよく言われるのは、“向こうの人(アルゼンチン人)は、日本人と比べると、気持ちを伝えるのに表現が豊かだから、あなたもチョット大袈裟だと思うぐらいやって、ちょうどよくなるから、思い切ってやってみなさい・・・”とアドバイスされます。だから、高橋選手もラテンの曲で演技するからには、自分で暑苦しいと思うくらいやって、ちょうど良いかもしれませんね。
ところで、今期も他の多くの選手が、アルゼンチン・タンゴの曲を選んでいます。 
http://www9.nhk.or.jp/figure/music/music.html
その中で私が注目した曲は、アメリカのジェレミー・アボット選手がショート・プログラム用に選んだ“ビエホス・アイレス”です。 まずは、アボット選手のスケーティングをご覧ください。(NHK杯の映像が見つからなかったので、今夏、韓国で滑った時の映像を)
http://www.youtube.com/watch?v=E8yZYuljpkg&feature=player_embedded
ピアソラのメロディー・ラインに非常に似ているし、曲の持つ疾走感も・・・。この曲を作って演奏しているEnsemble Nuevo Tangoってどんな人達なんでしょう?と思ってYouTubeで映像を探して、見つけましたよ!
http://www.youtube.com/watch?v=fc2YddmHFik
このグループのメンバー編成は、ギター、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ピアノそしてクラリネット! そしてバンドネオンがありません。 メンバーはアルゼンチン人を中心に色々な国の人が集まってメンバーを構成しているそうです。 そして、メンバー皆、やっぱりピアソラ好きらしいです。 YouTubeでは、彼らの他の演奏を聴くこともできますが、もっとジャズっぽい演奏もありましたよ。  ジェレミー・アボット選手の今までにない、男っぽい演技もよかったのですが、曲の方に気持ちがいってしまいました!

2010年10月4日月曜日

日本 対 アルゼンチン



10月に2回も対戦

ウワ~、今年も10月になりました! 
サッカーの日本代表監督にイタリア人監督のザッケローニ監督が就任したのにはビックリしました。 私は自分勝手にアルゼンチン人の監督が日本代表を率いるに違いないと勝手に思っていたので・・・。 ザッケローニ監督は、この5月まで私が応援しているイタリアのユヴェントスの監督だったので、私には馴染みがある監督です。 イタリアでは若い選手を育てるのが得意な監督だということで評判だったのですが、さて日本ではどうでしょうか?! 是非日本でも頑張っていただきたい!! そして私にとってまたまた驚きだったのが、ザッケローニ監督の初陣がアルゼンチン戦だということ。 参った!  いきなりなんでこんな強い相手~~。 でも楽しみです。 9月19日のスペイン・リーグのリーガ・エスパニョーラのバルセロナ対アトレティコ・マドリー戦でメッシ選手が怪我をして、その時は、メッシはこれで日本に来られないかもしれないと思い、残念なようなホットしたような気持ちになりましたが、今の段階では代表メンバーに入っているようです。 10月8日の試合は親善試合ですが、日本もアルゼンチンも応援したいので、困りましたね。 こういう場合は、選手を決めてその選手を応援することにします。(誰にしよう・・・。) 
と、私としては、だんだんと試合が近付くにつれて、心高鳴る思いでいた昨日、実家の母に“今日はアルゼンチンに負けちゃったよ・・・”と言われ、アレ、アルゼンチン戦の日程を覚え間違えていたのかと冷や汗をかいて、“アレ、アルゼンチン戦って今日だったっけ”と聞き返すと、“昼間やっていたよー”と言われ、そ、そ、そんな~~と焦っていたら、それは男子バレーボールの話でした。 現在、イタリアのローマで“世界バレー”が開催されていて、日本は残念ながらアルゼンチン・チームに負けてしまったそうです。 アルゼンチンはバスケット・ボールは強かったことは知っていますが、最近バレーボールも強いのでしょうか? バレーボール・ファンの母に“アルゼンチンって強かったっけ・・・?”と聞いてみると、“ブラジルは強いの知っているけど、アルゼンチンはあんまり聞かないよね~。でも今日はやられちゃった。 それにあっちはイケメン揃いだったわ~!!” とのお返事。 80歳にもなるウチの母、 イケメンチェックまでしていたとは恐るべし!! そうでしたか・・・。 試合を見たかったというよりも私も選手のイケメン・チェックをしたかった・・・。 サッカーの方は、アルゼンチン選手でイケメンはいたっけな~~? エインセ選手ぐらいでしょうか。 フーム、バレーボールで負けちゃったなら、バランスをとるために、サッカーでは何とか日本に勝ってもらいましょう。 
頑張れニッポン! ニッポン、チャチャチャ! ニッポン、チャチャチャ!

2010年9月20日月曜日

200 歳 !!


アルゼンチンは今年建国200年

9月も中旬以降になって、やっと涼しくなってきました。 いや、気温は今日だって28℃ぐらいあると思いますが、今までが暑すぎたので涼しく感じるのです。 数日前25℃だった日は、肌寒く感じました。 そんな中皆さんは、お元気ですか? 私は例年コノ時期、いつも以上に食欲満々なんですが、なぜか今年はいまひとつ・・・。 先日テレビ番組で、子供の寝冷えに注意してくださいといって、その症状を紹介していましたが、全く私の体調と一致します。 ①体がだるい。②食欲がない。③下痢気味。この3点が寝冷えの症状なようですので、気をつけましょう!
今年の夏は、世の中のどんなニュースに注目しましたか? 去年は連日芸能人の麻薬所持が騒がれていたのと、政権交代だったと思います。 今年は民主党の党首選も話題だったと思いますが、私としては、熱中症でかなりの人が亡くなったことと、一番ビックリしたことは日本の100歳を越える高齢者は実は生存していなかったり、家族がわざと死亡届を提出せずに不正に年金を受け取っていた事件です。 日本は女性が世界一番の長寿国で男性は世界第五位です。 会社の同僚いわく、日本の戸籍管理はヒドイ・・・とこの問題を大々的に取り上げたのが、韓国とスイスだそうです。 スイスの長寿具合は女性が4位で男性が3位で、ここで日本が上位から外れることを望んでいるというのですが、本当かな~~??まーいいや。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1610.html
あと、まさかビックリなのが、なんと日本には戸籍上は200歳の人がいたことです!! 100歳生きるのも立派なのに、その2倍の200歳ってあり得ないでしょ。 と思って200歳の人がもしいたら、いつ時代生まれか調べたら、1810年は江戸時代の文化7年になるそうです。 日本では江戸時代の徳川将軍11代の徳川家斉の治世だそうです。

徳川家斉なんて、あんまり知らないな~と思って検索を続けると、松平定信の“寛政の改革”の時代の将軍らしい・・・(確か教科書にあったかも・・・)。いや、なんと言ってもこの将軍の特徴は、大奥最盛期を築いた将軍だということ(いや、これは教科書には書いていなかったはず)。ドラマや映画“大奥”に出てくる将軍様はこの徳川家斉のことが多いみたいですな~。(実は結構お茶の間で馴染の将軍だったのでしたー。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E6%96%89  このWikipediaの説明を読むと、あんまり良い印象がもてませんが、とにかくお元気な方だったようで、逸話のところに書いてある“「白牛酪」(はくぎゅうらく)という今で言うチーズのような高タンパク乳製品を大変好んだ”“生姜を好み、1年中食べていた”というところだけは共感もてます!!  ということで、日本は江戸時代の大奥全盛時代だったわけですが、200年前のアルゼンチンは・・・、つまり1810年は、アルゼンチンという国が建国された年です。ということは今年アルゼンチンは200歳になったのです。 
5月革命記念日をもって建国200年とするそうで、ブエノスアイレス市やあちこちで写真のようなパレードやお祭りが開催されていたようです。 そして、日本でもちょっと前の話ですが、実は8月28日(土)の残暑の厳しい日に日比谷公園で”祝アルゼンチン建国200周年 フィエスタ・アルヘンティーナ“が開催されていました。 日比谷公園の噴水のまわりにアルゼンチンや南米料理・ワインを売る屋台、アルゼンチンの物産を売る屋台がならび、屋外の小音楽堂では、アルゼンチン・タンゴやフォルクローレのショーが行われました。 
小音楽堂は緑に囲まれた気持ちの良い場所でしたが、それでも暑かった。 デモをしてくださったダンサー、特に男性タンゴ・ダンサーはスーツを着ていたので、全員汗だくだったそうです。確かに、アルゼンチン・タンゴのショーやパーティーのデモンストレーションで男性ダンサーは必ず正装していて、Tシャツ姿のダンサーって見たことないかもしれません。 アルゼンチン・タンゴの世界では、省エネルックとかカジュアル・フライデーなんてあり得ないんでしょうかネ。(ってこれらの言葉も最近ほとんど聞かなくなりましたが・・・。)

2010年9月2日木曜日

2010年 アルゼンチン・タンゴ ダンス 世界選手権 


Diego y Chizukoペアー 優勝おめでとうございます!!
Christian y Nao ペアー も3位入賞おめでとうございました !!

今年も8月31日まで、ブエノスアイレスで開催されていた、アルゼンチンタンゴ ダンス世界選手権で日本人ダンサーが快挙です。 すでにテレビのニュースなどで報道されていたのでご存知の方も多いと思いますが、ステージ部門でDiego y Chizukoペアーが優勝!また、サロン部門とステージ部門でChristian y Naoペアーが両方3位に入賞なさいました。 

ディエゴさん、チズコさん、クリスティアンさん、ナオさん、本当におめでとうございました。 

去年はサロン部門でHiroshi y Kyokoペアーが優勝し、ステージ部門でChristian y Naoペアーが3位入賞していますが、今年も日本人の特に女性ダンサーは凄い!!
まずは皆さんの勇姿をとくとご覧あれ!
http://www.10tango.com/interior/index.php?p=clip&idAdjunto=86830&idCMSIdioma=8
凄い足技の連続あり、ジャンプありリフテイィングあり、そして表現力も素晴らしく、思わず見とれてしまいますが、これも日々の努力の結晶だと深く感銘し、心から拍手を贈りたいと思います。
入賞なさった先生方、本当におめでとうございます。 
また、入賞には至らなくとも、多くの日本人ダンサーが決勝戦まで勝ち残り、上位に入っています。 結果はこちらをご参照ください。
サロン部門決勝の結果
http://www.tangobuenosaires.gov.ar/festivalymundial10/web/es/competence/winners_salon_3.html
ステージ部門決勝の結果
http://www.tangobuenosaires.gov.ar/festivalymundial10/web/es/competence/winners_escenario_3.html
予選、セミファイナルそして決勝の成績を拝見して思うことは、毎年予選もセミファイナルも最後の決勝もズーット1位というペアーはなかなかいないということです。 それぐらい実力は伯仲しているということだと思います。 また去年良い結果が出ているから、今年も良い結果が出るとは限らないということです。 そんな中で特にChristian & Naoペアーが常に上位に君臨し、チャレンジ精神を持ち続けていらっしゃることに本当に敬意を表します。 このお2人のみならず、毎年チャレンジをしている日本人ダンサーの皆様、本当にお疲れ様でした。 こうして頑張り続けるダンサーの先生方の背中を見つつ、私も日々の生活で少しずつ自分の仕事や趣味で努力をすることを忘れないようにしたいと思います。 今年は日本は猛暑で9月に入ってもいっこうに涼しくなりませんが、アルゼンチンは逆に例年以上に寒いと聞いています。 選手権が終わって、参加をしたダンサーの皆様はホッとしたり、一息落ち着いたところだと思いますが、どうか体調に気をつけてください。そしてまた日本でステキなダンスが見られることを楽しみにしております。

2010年8月2日月曜日

育ての親が「敵」 孫は葛藤

70年代 アルゼンチン 「左翼狩り」

8月1日(日)の朝日新聞で次のような記事を読みました。

70年代アルゼンチン左翼狩り ー 育ての親が「敵」孫は葛藤
孫101人奪還 祖母ら執念、 という見出しでした。

どういう内容なのかというと・・・。
アルゼンチンは1976年に軍事クーデターが起こり、それから7年間は軍による独裁政権が続いたそうです。 この間、独裁政権に反対する若者が拉致され「行方不明」になっていて、その数は約3万人なのだそうです。 行方不明といっても、拉致された人達は強制収容所に入れられ、拷問されて、その後銃殺されたり飛行機から海や川に突き落とされたのだそうです。 

その拉致された人たちの中には妊娠中の女性もいて、収容所で出産をし、生まれてきた乳児は、孤児院に預けられたり、売られたり、独裁政権の協力者や将校らが養子にしました。 生まれてきた子供たちが、その親達のように左翼的な思想を持たないように、軍政側に近い思想を持つ人間を増やす目的があって養子となった人も多いと言われています。そうした乳児は500人ぐらいいたようです。 
現在70歳代の自分達の子供を拉致され、孫を奪われた“おじいちゃんとおばあちゃん”達が、自分達の孫を探し出し、取り戻す活動をしている・・・というのです。 この孫を取り戻したい祖母たちの会は「五月広場の祖母たち」という名前だそうで、ここ30年間の活動の中で約101人の孫達の身元がDNA鑑定などによって判明したそうです。 
しかし真実が判明して、ハッピーエンドとはいきません。 なぜなら、孫たちは自分の親だと愛し、慕い、頼りにしてきた人が、実は本当の自分の親を殺していた、あるいは殺人に加担していた人だということを知り、心の葛藤を強いられてしまうからです。 自分がもしも“孫”の立場だったら・・・、と記事を読みながら考えましたが、どうしても想像さえできませんでした。(実は両親の実家でこの新聞記事を読んでいて、新聞を読みながら両親の顔をチラチラ見てみましたが、どうしても記事に関して全く実感がありませんでした。 )だからこの孫達の心の葛藤や傷がどれ程なのか分かりようもありません。 ただ、とてもとても悲しいことなのだということだけは分かります。 真実を知った孫達の中には困惑し、精神的に不安定になる人もいれば、真実を受け入れられない人もいるそうです。 そりゃ当然ですね。 しかし、中には育ての親と行き来しつつ、本当の祖母とも家族の関係をつくる人もいたり、自分が悩んだ経験を活かして心理カウンセラーとなり、同じ悩みを抱える人のカウンセリングを受ける人もいれば、国家議員となって“人権委員会”の委員長を務めるに至る方もいるそうです。

この記事を読んで、まず全世界でこのような悲惨な歴史が繰り返されない事を祈りたいと思います。 また今後真実を知る孫達が、苦しいでしょうが現実と向き合い、悲しい歴史を乗り越えて自分の人生を前向きに生きて欲しいです。(と他人事を言うのは簡単だということも良くわかりますが・・・。)

2010年7月31日土曜日

あれから約1ヶ月

どんな言動も怖いもの知らず! マラドーナ元アルゼンチン代表監督

私のブログは約1ヶ月前、まだワールドカップ開催中で終わっていました。
そうそう、1ヶ月前は、日本人選手たちの奮闘に心を躍らせ、アルゼンチンのメッシ選手のゴールが外れるごとに悔しがり、マラドーナ監督の一挙一足を楽しみにテレビにかじりついていたのですね。 そして1ヶ月があっという間に過ぎて、お祭りは終わり、普段の生活に戻り、そして新たな4年後への準備が始まりました。
皆さんもご存知の通り、日本の岡田監督は退任なさり、そしてアルゼンチンのマラドーナ監督も辞任をしましたが、辞任会見でもまたもやドラマッティックな展開を見せています。
自分が代表監督を続投しないだけではなく、その理由として堂々とアルゼンチン・サッカー協会の上層部を名指しで批判しました。
皆さんはマラドーナ監督を見て、どんな感想を持っていますか? 何をするにもお騒がせなヤツだと思われるのが大方の見方でしょうか? 私はとにかく“凄い”という感想です。 子供でもないのにその時に自分が思っていることを包み隠さず話す、こういうことを発言すると批判されるとか、自分の将来に不利だとか、自分の発言で傷つく人がいるかもしれないとか、そういうことは一切考えないのでしょうね。そしてこの人をさらに凄いと思うのは、自分の過ちを簡単に認めてきちんと謝ることです。 監督の退任会見の記事をご覧ください。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/headlines/20100729-00000008-spnavi-socc.html
「わたしの時代はわずか1年半だった。これは、ここ35年間で最短だ。その間、正しかったこともあれば、間違っていたこともあった。」とおっしゃっていますが、私にはやっぱり潔い発言に思えます。 マラドーナ監督にとって、恐ろしいことってナンなんでしょうか? 家族や近親者の死以外にはなさそうですね。 そしてマラドーナ監督からマラドーナさんになって、今後はどんな生活を送るのでしょうかね? 監督を辞めた後の活動も何だか楽しみです。 結局何をしようとディエゴ・マラドーナはディエゴ流を貫くのでしょうが、私たちはそのディエゴ流になぜか魅力を感じてしまうのでしょうか??? 不思議だ~。
ところで、マラドーナ監督の後任のアルゼンチン代表監督の候補が、何とラモン・ディアスさんです。 ラモン・ディアスのことがすぐ分かる方は、Jリーグを長年見ているサッカー・ファンの証拠です。 ラモン・ディアスさんは、日本のJリーグが発足した年の初代得点王です。
私はJリーグ・ファンとはいえなかったけれど、それでもラモン・ディアス選手のことを良く覚えています。 (ジーコ監督やアルシンド元選手より素晴らしいと思っていました。) だって、申し訳ないけれど、当時のラモン・ディアス選手と他の日本人選手とのレベルの差は歴然としていて子供と大人だと思ったのを今でも覚えています。 元アジアの壁と呼ばれた元日本代表のキャプテンの井原正巳さんが、引退後のインタビューでもラモン・ディアスは凄い選手で、一緒のクラブでプレーが出来て幸せだったとおっしゃっていました。 ラモン・ディアスさんは横浜マリノスを選手として最後のクラブとし、引退後はアルゼンチンのリーベルプレートなどで監督をしていました。 私は知らなかったけれど、マラドーナ監督とは確執があったとWikipediaには書いてあります。 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B9
ということは、もしもアルゼンチン次期監督がラモン・ディアスさんになったら、また新たなドラマティックな展開がありそうですね・・・。 
と、アルゼンチンの代表監督と日本の代表監督がどなたになるのか、8月の決定をを楽しみにしている今日この頃の私です。