2012年3月11日日曜日

東日本大震災から1年



ご無沙汰しています。 皆さんお元気にお過ごしでしょうか? 私はお陰さまで元気です。
まず、このぼやけた写真は、los glaciares(ロス・グラシアレス)というアルゼンチンの国立公園なんですが、実は会社の壁にかかっているカレンダーの1・2月にはこの写真が載っていました。 
2月29日にカレンダーをめくる時に撮った写真です。 アルゼンチンは非常に自然の豊かな国で、世界の3大滝のイグアスの滝もブラジルの国境にありますし、そのスケールがとにかく大きいことは簡単に想像できますね。 世界遺産(自然遺産)にも登録されています。 詳細は、ウィキペディアをご覧くださhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%B9
自然って綺麗で、ダイナミックで、素晴らしいし、そしてよくよく考えてみると私達は動物である以上、私達自身も自然の一部なんですよね・・・・。 
その自然の恐ろしさをしみじみ、あるいはひしひしと感じたのが、2011年3月11日におこった東北大震災でした。
3月になってから、テレビでは、あの地震を振り返り、現地のその後1年の状況を紹介する番組が多くなりました。 去年はテレビを見ては涙が流れ、なんとも空しい気持ちになっていることが多々ありました。 しかし、アルゼンチン・タンゴのダンスの先生方や有志の方々がチャリティーのダンスパーティーを開催してくださり、その参加費用を募金してくださったり、自分でも少し募金をしたり、東北の食品をなるべく買ったりするようにすると、全く大したことはしていませんが、何もしないよりかは心が少しばかり軽くなるような気がしました。 (ところで、募金活動をしてくださった方々が、その集金と募金のことをかなり詳細にご自分のホームページやブログなどで報告してくださいましたが、一方ご報告がなかった団体に対しては、どうせアノ人たちは集金だけして使ってしまったんではないのか・・・という悪い噂が流れてしまいました・・・。)

最近見たテレビ番組で言っていたことですが、今年は東北のわかめが質が良く、沢山取れるそうです。 牡蠣も大漁なのだそうです。 これは海が津波のせいで綺麗になり、海水の透明度も上がったおかげなのだそうです。 今年見るテレビ番組では、復興がまだまだ進
んでいない状況も取材されていますが、人々が必死に頑張り力を合わせて再興をはたしている模様も多く見られました。
数多いテレビ番組の中で、“チェルノブイリから26年”というチェルノブイリ原発事故のその後を取材した番組を見ました。 その番組を見て、昔フランスに語学留学をしていたときのことを思い出しました。 私はブザンソンというスイスの国境近くのフランスの町の語学学校に通っていたことがありますが、その際学校には多くのドイツ人の学生もいました。 その彼らが“フランスのスーパーでは、食品に放射能数値が記載されていない!”というのです。 当時私は彼らが問題視していることの意味が分らなかったのですが、彼らが説明してくれたのは、ドイツ
では牛乳をはじめとする生鮮食品に放射能数値が記載されていて、規定数値以下の食品かどうか確認することができるのに、フランスではそういう記載がないというのです。 もう20年ぐらい前の話しですが、今考えると、ドイツでは多分セシウムの数値が食品にラベル記載されていたと思われます。 クラスメートから言われたのは、“チェルノブイリはロシアのことだと思っているかもしれないけれど(正確にはウクライナですね)、私たちは1つの空のもとで繋がっているのよ、地図には国境線があるけれど、放射能は簡単に国境を越えてくるのよ!”とと言われたことを、こうして20年たった今身に沁みて感じます。 原子力発電のこと、日本国民は深刻に考えなくてはなりませんが、危ないからダメというだけでは、ではその代わりはどうするの・・・という答えも同時に導き出さなければならなくて、難しいですよね。 でも、この事故をきっかけに自分達が日々使っているエネルギーを勉強するきっかけにしたいです。 風力発電とか、地熱発電とか、サトウキビからバイオエタノールを抽出するとか、ソーラーパネルの太陽発電とか・・・。 私が最近思うのは、駅とかスポーツクラブでは、皆が歩いたり走ったりしてる人力を蓄電池にためて、それをその施設で使えるようにしたらどうかと・・・。 そう、駅とかの電気が足りなくなってきたら、みんなでプラットホームとか階段で足踏みしたりその場でランニングして暗くなりかけてきた駅を明るくするとか・・・。 節電もそうですが、みんなで出来る小さいことを積み重ねて、大きな力にし、少しでも明るい未来が見える社会になるよう前を向いて生きて生きたいですね。 ドイツ人のクラスメートが言っていた、“私たちは1つの空のもとで繋がっている・・・。” まさしくそうですね。

2011年7月17日日曜日

コパ・アメリカ2011 アルゼンチン大会

ウルグアイに勝てませんでした・・・

今年の3月11日東日本大震災は、私たちの生活の大きなことから小さなことまで様々な側面に影響を及ぼしています。 電気の供給量の問題で、土曜日と日曜日に働いて木曜日と金曜日が定休日になる自動車産業の会社とお付き合いがある私の会社は、担当者によっては土曜日・日曜日もお仕事をする人がいます。 先日、やっぱり節電の為に扇風機を買おうかな~と思って、ヤマーダ電気に行きました。店員さんに、扇風機売り場は?と尋ねると、“この人今更何言ってんの・・・”と言わんばかりに、“ないと思いますが、あるとしたら、あちらのエアコン売り場の前の棚においてあります”と言われちゃって、実際1つも扇風機はありませんでした! ランチの時に牛肉を食べようとすると、必ず煩い同僚のフランス人が、セシウムだの何だの言ってチョッカイ出してきます。 

電気や食べ物、などの事に比べたら重要度は低いとは思いますが、地震によって私が楽しみにしていたスポーツの大きな大会がキャンセルになってしまいました。その一つは3月に東京で開催されるはずだったフィギュアスケートの世界選手権で、もう一つは今アルゼンチンで開催されているサッカーのコパ・アメリカ2011の日本チームの招待参加でした。 日本が参加しないので、あまり大会の様子はニュースになりませんが、開催国であるアルゼンチンはハラハラ・ドキドキの予選通過となりました。初戦のボリビアと1対1の引き分け。 続くコロンビア戦は0対0 。こんな時、国民の矢面にたたされるのは、世界のスーパースターのメッシ選手です!そしてアルゼンチン国民の神様“ディエゴ様”ことマラドーナ元監督が、メッシ選手を擁護! そして後がないコスタリア戦に3対0で勝利! これでグループ・リーグを2位通過。なんとか首の皮1枚で繋がりました。 そして本日、(現地時間では昨夜)、ウルグアイとの勝負!ここからはグループリーグではないので、負けたらおしまい。
アーッ!アルゼンチンは勝ち進めませんでした。 それもなんとPKで!! いつもPK戦に突入した時に思うんのが、PK戦ではなくて、とにかく1点入るまで戦わせた方が選手にとっては納得がいくのでは・・・と。 ところで、知ってましたか? たとえPK戦で負けても、公式には負けにはならないんです。 あれは“引き分け”なんです。そう、だから日本も去年のワールドカップのパラグアイ戦は引き分けの末、次に行けなかったんです!!って、そんな屁理屈を1人で騒いでもしょうがないですね。 スポーツなんだからルールに従わなくてはなりません。 いやはや、それにしても残念! しかし、あのアルゼンチンをもってしても、コパ・アメリカで勝ち進めない・・・、それぐらい大変な戦いなんですね。 確かに人によっては、コパ・アメリカとかユーロ(ヨーロッパの国々で戦われるカップ戦)で優勝する方が、ワールドカップで勝つより大変といいますよね。 勝ったウルグアイという国は、1930年にサッカーワールドカップが初めて開催された時の開催国で、同時に優勝国だったそうです。 その時の準優勝がアルゼンチンです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/1930_FIFA%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97
良く、ウルグアイのことを、南米の古豪とかと言いますが、今や古豪でなく新豪となるかもしれませんね。(って新豪なんて言葉ないけど)サッカーの楽しみは、こうした私達日本人にとって馴染みの薄い国が勝ったりして、その国に興味を持つことでもあります。それにしても、もしもこのカップ戦に日本も参加していたら、一体どこまで勝ち進めたのか、あるいは勝ち進めなかったのか・・・、ウーン知りたかった! ま、いいや。 今の私の心のモヤモヤは今夜の“なでしこ戦”で晴らしたいと思います。 日本女子のサッカーもいつの間にか本当に強くなっていたんですね。 是非アメリカから点をとって、日本に金メダルをもたらして欲しいです。
ガンバレ日本!ガンバレなでしこ!
ところで、なでしこの花言葉は、純愛・大胆・勇敢 だそうです。イェ~!!)

2011年7月2日土曜日

ペア結成50周年  !!



踊って踊って半世紀!! ブラボー! グローリア&エドゥアルド

先週はアルゼンチン・タンゴ三昧の1週間でした。 パブロ・シーグレルのコンサートの翌日は、アルゼンチン・タンゴダンサーの重鎮、グローリア&エドゥアルドのプロ活動50周年を記念する講演会があり、お話を伺いに行きました。 お2人は6月18日・19日に横浜で開催された、アルゼンチン・タンゴダンス、アジア選手権の審査員として来日なさっていました。  そのお2人のプロフィールをちょっとご紹介します。
1960年、シネ・テアトロ・オペラでデビュー。同年フランシスコ・カナロのタンゴ・ミュージカルでアストラル劇場に出演。カナロ楽団とともに歴史的初来日公演を果たす。自身が率いる舞踊団で「ジョ・ソイ・ポルテーニョ」「ジョ・テ・カント・ブエノスアイレス」他数知れないタンゴショーに出演。 1985年、フランスとアルゼンチン合作の映画『タンゴ~ガルデルの亡命』(ソラーナス監督作品)に出演、スピード溢れる見事なステップで世界中にタンゴ・ダンスの魅力を伝えた。 ほとんどの歴史に残るタンゴのアーティストとステージを共にしてきた。 ステージの分野では大ヒットロングランショー「タンゴ・アルヘンティーノ」「フォーエバー・タンゴ」「タンギシモ」の振付アイディアを手がけ自ら出演。グロリア&エドゥアルド舞踊団によるタンゴショー「タンゴ・タンゴ」「コラソン・デ・タンゴ」「スペル・タンゴ」等は世界的に評判が高い。 シカゴには、グローリア&エドゥアルドの名を冠したダンス学校まで出現、2000年から毎年開催されるロンドンのタンゴ・フェスティバルや、99年マイアミ、02年のスイス・チューリッヒでのタンゴ・フェスティバルには最高の特別ゲストとして招かれている。現在もブエノスアイレスの老舗タンゴスポット「ミケランジェロ」のショーを率いている。
では、ちょっとお2人が踊っている映像を見てみましょうか・・・。
まずは、お2人のお若い時の映像を・・・(モノクロで)
http://www.youtube.com/watch?v=VZtEgTCBqJI&feature=related
1973年にロシアのテレビに出演した時!?
http://www.youtube.com/watch?v=Wi6PLgZxXag&NR=1
そして2008年のご様子は・・・
http://www.youtube.com/watch?v=bVJZr5fLkCs&feature=related
私が5年前にブエノアイレスに行ったとき、ミケランジェロというタンゴ・ハウスに連れて行ってもらいましたが、舞台監督として、また自ら出演ダンサーとしても活躍していました。 私はその時、アノ体型でアノ動きの敏捷さ、ノリの良さはあり得ないと感嘆しました。 
今回の講演会では、1961年に初めてフランシスコ・カナロ楽団のダンサーとして日本に来日した時の映像にはじまり、昔の貴重な映像を沢山見せていただきました。 映像を見せながらのエドゥワルドのコメントもユーモアたっぷりでした。 1973年は日本に来日して、それからメキシコとロシアに行くことになっていたそうです。 冷戦時代真っ只中のロシアに行くことはとても難しく、日本でヴィザを申請していたけれど、すごく時間がかかってしまったのだそうです。 日本の来日公演が終わってしまったのに、ロシア行きのヴィザを待たなくてはならなく、滞在費がかさんでしまい、困っていたところ、日本人にダンス・レッスンをしてはどうかという話が持ち上がり、その時はじめて日本人にレッスンをしました・・・といって、その時の映像も見せてもらいました。  お2人は、今までどれだけの国を旅したのでしょうか? どれだけ多くの人々から賞賛を受け、尊敬されてきたのでしょうか? 50年間、常に公私共々一緒で、きっと相手のことが自分の体の1部のようになっているのではないでしょうか? アルゼンチンタンゴのショーで、ダンサーが重要視されるようになったのは、1980年代に世界中で大ヒットしたタンゴ・アルヘンティーノの頃からのようです。 それまでのショーでは、ダンスペアが5組もあるいはそれ以上ツアーに同行することはなく、そんな状況のもとで、常にトップの楽団に選ばれツアー同行したのは彼らでした。 考えてみれば、彼らが頑張ったからこそ、そして多くの後輩達を育て、手本になったからこそ、タンゴダンサーの地位が向上したともいえるのではないでしょうか? そんな自分達の偉業はおくびにも見せず、タンゴアルヘンティーノの映像を見せながら、「この頃までは、ステージで男性ダンサーは女性ダンサーを放り投げるような野蛮なことは、まだやっていませんでした!体が地面についていました。」(1990年代以降のステージタンゴでは男性が女性をアクロバティックにリフティングしたりすることが多いことをうけて。)とユーモアたっぷりにニコニコ顔で話をするエドゥアルドとその話をやはりニコニコしながら横で聞いているグローリア、2人の存在やこれまでの軌跡こそが、まさにブラボーという言葉にふさわしく、“奇跡”だと思います。 お2人がこれからも元気に、ダンスを通して、音楽に合わせて踊ることの喜びや、年齢を重ねることの楽しさとか、何かを一緒にする相手に対する思いやりとか、色々なことをその存在で示してくださることと思います。 グローリアとエゥアルドのお2人が、末永く健やかにお幸せでありますように。 

2011年6月26日日曜日

時がたつのが早くって・・・



来日したピアニスト、来日中止になってしまったピアニスト

半年以上、ブログをアップしていませんでした。 そして、この約半年の間に本当に色々なことが起こりました!!  東北大震災は、そんなことあり得るの・・・というぐらいの恐ろしい出来事で、被災者の方々のことを思うと胸が痛みます。 自分が今出来ることは何かと考えると、とりあえず頭に浮かぶことは節電と義援金なので、できる範囲で実施しています。 今のところ家の中の節電は結構成功していて、去年の電気使用量に比べれば、効果が上がっていますが、努力している部分と単に仕事が忙しくて会社に居る時間が長いから家で電気を使っていないともいえます・・・。 とはいえ、はっきりと目に見えて数値が下がっていると少しは努力が報われた気持ちになり、楽しくなってもきませんか? こうなったら節電を楽しむべきですよね! もし、ご自慢の節電方法をご存知の方は、教えてください。 お願いします。 そんな東北大震災から早くも3ヶ月たってしまいました。 時間がたつのは早いな~と感じます。 おりしも昨日は6月25日で、マイケル・ジャクソンの命日でもあります。 亡くなってから2年がたちました。 今でも亡くなったことは、信じがたいですよね・・・。 
ま、とにかくこの半年間は慌しかった。 だから今年の夏は節電を楽しみながら、夏休みにここ最近の忙しさで出来なかったことをしたいです。 と、私の近況はこんな感じです。 
 
ところで、先週の水曜日は、久しぶりにタンゴのコンサートに行く機会に恵まれました。
パブロ・シーグレル&日本の若手タンゴ&ジャズミュージシャンのコラボレーションによる演奏で、アストル・ピアソラ生誕90周年記念企画なのだそうです。 パブロ・シーグレルというピアニストは、ピアソラの後期の五重奏楽団のピアニストだった方です。
http://www.latina.co.jp/pabloziegler/index.html
そして、ピアソラと一緒に演奏していた時の映像(曲目:アディオス・ノニーノ)をご覧ください。 
http://www.youtube.com/watch?v=wqSxwWgpE6A&feature=related
ひゃ~、良い映像ですね!! シーグレル良し、ヴァイオリンのスアレスパス良し、ピアソラのバンドネオンがまるで指揮者のように彼らの良いところを導いていますね!
そんなシーグレルが、日本の若手ミュージシャンを1月にオーディションをして、そこで選ばれたのが、バンドネオン:北村聡さん、ギター:鬼怒無月さん(キドナツキさんと読むのだそうです)、とコントラバス:西島徹さん+ヴァイオリン:会田桃子さんです。 コンサートの内容は、私は遅れて行ったので最初の2曲目までは聞けませんでしたが、1部はちょっとつまらなかったという感想です。 一人一人のミュージシャンは凄く技術力が高くて、きっちりやっているのはよーくわかるし、音もあっているんだけど、私的には心に響いてこなかったんです・・・正直言うと・・・。 ところが2部は、凄く良かった。何が良かったかというと、ソロパーツでは各個人が自分の持ち味を出して演奏して、みんなで一緒に合わせるときは、息がピッタリあっていたことです。 それによって、ピアソラの曲の持つ力強い疾走感が現れていたのではないかと思うんだけどな~。 
シーグレルのピアノの音色は、ジャズっぽいのかもしれませんが、都会の音というか洒落ている感じでした。こんな素敵なコンサートに行けて、幸せでした。 ミュージシャンの皆様、お疲れ様でした。


ところで、今年は大地震の影響で、結構キャンセルになる公演がありしたね。 残念ですがしょうがないことです。 大地震のあった翌日に、私は東京の中野サンプラザで開催される予定だった、民音タンゴというタンゴショーを観に行くはずでしたが、東京公演は中止になってしまいました。この時は、コロール・タンゴというアルゼンチンの楽団とダンサー3組が来ていて、見たかった・聞きたかった~。 もう一つの残念は秋に予定されていたホセ・コランジェロ楽団の公演が中止になってしまったことです。
ホセ・コランジェロもアルゼンチンを代表する有名タンゴ・ピアニストですが、シーグレルと同じタンゴを弾くピアニストとはいえ、こんなにも違うんだ~というところを、さっきシーグレルが弾いたアディオス・ノニーノで聞き比べてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=djbryFIS6e4
私は、ホセ・コランジェロが弾くところを3年前に見たことがありますが、迫力があって、生命力のある演奏でした。 シーグレルが洗練された魅力なら、ホセ・コランジェロは野性的な魅力とでもいいましょうか・・・。 どっちも良いですね。 料理で言うなら、都会の料亭の味と、濃い味付けの郷土料理のような・・・。もちろんどっちも好きですよ。
あー、ホセ・コランジェロ楽団の来日がまたいつか実現しますように・・・。

最後に、もう1人のピアニストを・・・というか、多分アルゼンチン人のピアニストといえば、まず普通はこの人の名前があがることでしょう。 マルタ・アルゲリッチです。マルタ・アルゲリッチは、日本にご縁の深い方のようで、別府に財団法人アルゲリッチ芸術振興財団という財団法人があって、毎年別府で音楽祭が開催されているようです。今年も音楽祭は中止されることなく、開催されたようです。 アルゲリッチは、メインはクラッシックの演奏家なのですが、彼女がピアソラのリベルタンゴを弾く映像があったので、ちょっと聴いてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=kT3XlkxsRbU
ウーン、何か百戦錬磨、怖いものなし・・・といった雰囲気で貫禄がありますね。  アルゲリッチのプロフィールをご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%81
強くて、信念を持った女性なんだろうな~ということが、ここからもお分かりいただけるのではないでしょうか。 

2010年11月27日土曜日

日本のアルゼンチン・タンゴ開国は


バロン・目賀田、藤沢蘭子さんの開拓者スピリットを経て

11月ももうすぐ終わり、師走に突入しそうです・・・。
今年は、毎週のように日曜日の夜にNHKの大河ドラマ「龍馬伝」を見ました。 私の周りでは、結構今年の大河ドラマを見ている人多いようなんです。 そして、明日の晩はとうとう最終回を迎えますが、そう思うと何だか寂しいです。 会社の人や、時々会う友人と、坂本龍馬の話、岩崎弥太郎の話、勝海舟の話、西郷隆盛の話など、幕末を生きた人々の話をし、大いに楽しみました。 また、品川の私が勤務している会社の窓からは、三菱財閥創業者の弟の岩崎弥之助のお宅で、現在は建物の名前は開東閣といって三菱グループの倶楽部用建物として使われている、大きなお屋敷が見えるのですが、窓から見えるそのお屋敷を見ては、仕事を一瞬忘れて物思いにふけることもあります。 いずれにしても、明治時代の岩崎家の人は、よもや未来の人々が自分達のこの広いお屋敷を、高い建物から見下ろすことがあろうとは、思わなかったことでしょうね。
ところで、幕末の偉大な人物の1人にあげられるのが、勝海舟ですが、そのお孫さんに目賀田綱美という方がいらっしゃいます。 目賀田男爵として知られ、青年時代に過ごしたパリで社交ダンスをマスターし、「バロン・メガタ」の愛称でパリ社交界の人気者となった(?)そうです。足掛け6年のフランス滞在を経て昭和元年帰国。フランスから当時パリで流行していたアルゼンチンタンゴのレコード持ち帰り、これにより彼は日本へのタンゴの最初の導入者となったそうです。 日本のアルゼンチン・タンゴの歩みはここから始まるのですね! 実は今年の10月16日にアルゼンチン建国200年を記念して、日本アルゼンチン協会の招聘を受けて、アルゼンチン国立タンゴ・アカデミーの副会長、ガブリエル・ソリアさんが、「日本のタンゴ50年」というタイトルで講演をしてくださったのですが、その中でも“日本に最初にアルゼンチン・タンゴをもたらしたのは、なんとパリからバロン・メガタがアルゼンチン・タンゴのレコードを持ち帰ったことに始まります。”とおっしゃっていました。 さらにソリアさんは、“バロン・メガタは踊りの名手で、ブエノスアイレスにいらしたことはないにもかかわらず、なぜかパリから当時ブエノスアイレスの街角で踊られていた荒っぽいタンゴ・ダンスを見事に習得していた・・・という話も残っています。” と付け加えられました。 ここ最近、日本人のタンゴ・ダンサー達が、世界選手権で良い結果を残しているのは、きっとバロン・メガタのDNAに違いありません!! ソリアさんの話に戻ります。 その後日本は世界大戦があり、暗い時代がありましたが、1950年代にアルゼンチン・タンゴが流行り、日本にもタンゴを演奏する楽団が現れましたが、日本とアルゼンチンが直接タンゴの交流をはかったのは、1953年に藤沢蘭子さんというアルゼンチンタンゴ歌手がオルケスタ・ティピカ東京という楽団とブエノスアイレスを訪れたことが始まりなのだそうです。 講演会ではその時の映像を見せてもらいましたが、蘭子さんは着物を着て、堂々と歌っていました。 その歌いっぷりはとてもご立派で、いわゆる現代の日本の若い女の子の、可愛いけれど歌はいまひとつなアイドルとは格が違っていました。 ちょっと蘭子さんの歌を聞いてみましょうか。
http://www.youtube.com/watch?v=-9dAfdRwWkk&feature=related
そういえば、4年前にブエノスアイレスでタンゴシューズを買いに行ったあるお店で、私は日本から来たといったら、“ランコ・フジサワの国からようこそ!”と言われました。私もアルゼンチン・タンゴの歌を習っていますが、いつの日か、ランコさんのように堂堂(?)とブエノスアイレスでアルゼンチン・タンゴを歌ってみたい・・・ものです?!(今の私の夢)

2010年10月26日火曜日

今期のフィギュア・スケート、高橋選手はタンゴで



浅田真央選手もタンゴ !

10月も月末になってきました! 

今月の初めには、スポーツの話をしていました。 日本対アルゼンチン、男子バレーボールは負けてしまいましたが、サッカーの日本代表は、何と勝ってしまいました。 日本にとって歴史上初めての出来事でした。 数日後に行われた韓国戦では、引き分けでしたが、サッカー日本代表選手は、ここ数ヶ月で本当にレベルがアップしたと、私の目にもはっきりわかります。 1対1の場面でも負けないぞという気迫や自身が現れていたと思います。人は失敗や負けることで成長すると言いますが、成功することや勝つことでも成長することが出来るのだと思いました。 
そして時は過ぎて、10月22日から24日にフィギュアスケートのNHK杯がありました。 この試合を皮切りに、今期のフィギュアスケートの季節が始まりました。 (もうすぐ冬が来てしまうなんて、あの猛暑はついこの前のことでしたが・・・。)試合をご覧になった方はご存知と思いますが、今年のバンクーバー・オリンピックでメダルを獲得した浅田真央選手は8位で、たぶん今までの人生の中で最もよくない成績だったと思います。 解説者の方のお話では、今はジャンプを一から見直して、大改造をしている最中なのだそうです。 確かにジャンプで沢山ミスをしてしまいました。 でも、これはしょうがないことなのだそうです。 今までの自分のクセをとって、質の高い確実なフォームでジャンプをしたいと、自分から決めたそうです。 きっと私たちには分からない、険しい道のりなのでしょうが、チャレンジして、是非新たな浅田真央選手の素晴らしい演技を見たいものです。 そんな浅田選手の今期のショート・プログラムに使われている曲が、アルフレッド・シュニトケ作曲(1934年~1998年
旧ソ連のドイツ・ユダヤ系作曲家)映画「ロマノフ王朝の最後」に使われている“タンゴ”という曲です。 
http://www.youtube.com/watch?v=65N-wCBwxr8
実は、女子のショート・プログラムは金曜日に行われていて、うっかり録画をするのを忘れていたので、私は演技をみていないのですが、少し難しそうな曲に思えます。 でも、ラフマニノフの“鐘”も難しい曲だったはずなので心配していません。 一方、男子のメダリストの高橋大輔選手は、ショートはマンボ、フリーはアルゼンチン・タンゴでアストル・ピアソラの“ブエノス・アイレスの冬”です。去年の私の8月のブログに、ピアソラの“ブエノス・アイレスの四季”のことを書きましたが、ブエノスアイレスの四季の中で私が曲として一番好きなのは、“ブエノス・アイレスの冬”です。 高橋選手、よくぞ“ブエノス・アイレスの冬”を選んでくれました!! その高橋選手の試合結果は、見事優勝! おめでとうございます。 ショートとフリーで両方ともラテン系の曲を選んだ高橋選手は、「暑苦しく演技したい」と言っていたそうです。 表現力たっぷりに演技していて、素晴らしかったと思いますが、暑苦しいとまでは思いませんでした。 私の話と比べて恐縮ですが、私のアルゼンチンタンゴの歌の先生からよく言われるのは、“向こうの人(アルゼンチン人)は、日本人と比べると、気持ちを伝えるのに表現が豊かだから、あなたもチョット大袈裟だと思うぐらいやって、ちょうどよくなるから、思い切ってやってみなさい・・・”とアドバイスされます。だから、高橋選手もラテンの曲で演技するからには、自分で暑苦しいと思うくらいやって、ちょうど良いかもしれませんね。
ところで、今期も他の多くの選手が、アルゼンチン・タンゴの曲を選んでいます。 
http://www9.nhk.or.jp/figure/music/music.html
その中で私が注目した曲は、アメリカのジェレミー・アボット選手がショート・プログラム用に選んだ“ビエホス・アイレス”です。 まずは、アボット選手のスケーティングをご覧ください。(NHK杯の映像が見つからなかったので、今夏、韓国で滑った時の映像を)
http://www.youtube.com/watch?v=E8yZYuljpkg&feature=player_embedded
ピアソラのメロディー・ラインに非常に似ているし、曲の持つ疾走感も・・・。この曲を作って演奏しているEnsemble Nuevo Tangoってどんな人達なんでしょう?と思ってYouTubeで映像を探して、見つけましたよ!
http://www.youtube.com/watch?v=fc2YddmHFik
このグループのメンバー編成は、ギター、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、ピアノそしてクラリネット! そしてバンドネオンがありません。 メンバーはアルゼンチン人を中心に色々な国の人が集まってメンバーを構成しているそうです。 そして、メンバー皆、やっぱりピアソラ好きらしいです。 YouTubeでは、彼らの他の演奏を聴くこともできますが、もっとジャズっぽい演奏もありましたよ。  ジェレミー・アボット選手の今までにない、男っぽい演技もよかったのですが、曲の方に気持ちがいってしまいました!

2010年10月4日月曜日

日本 対 アルゼンチン



10月に2回も対戦

ウワ~、今年も10月になりました! 
サッカーの日本代表監督にイタリア人監督のザッケローニ監督が就任したのにはビックリしました。 私は自分勝手にアルゼンチン人の監督が日本代表を率いるに違いないと勝手に思っていたので・・・。 ザッケローニ監督は、この5月まで私が応援しているイタリアのユヴェントスの監督だったので、私には馴染みがある監督です。 イタリアでは若い選手を育てるのが得意な監督だということで評判だったのですが、さて日本ではどうでしょうか?! 是非日本でも頑張っていただきたい!! そして私にとってまたまた驚きだったのが、ザッケローニ監督の初陣がアルゼンチン戦だということ。 参った!  いきなりなんでこんな強い相手~~。 でも楽しみです。 9月19日のスペイン・リーグのリーガ・エスパニョーラのバルセロナ対アトレティコ・マドリー戦でメッシ選手が怪我をして、その時は、メッシはこれで日本に来られないかもしれないと思い、残念なようなホットしたような気持ちになりましたが、今の段階では代表メンバーに入っているようです。 10月8日の試合は親善試合ですが、日本もアルゼンチンも応援したいので、困りましたね。 こういう場合は、選手を決めてその選手を応援することにします。(誰にしよう・・・。) 
と、私としては、だんだんと試合が近付くにつれて、心高鳴る思いでいた昨日、実家の母に“今日はアルゼンチンに負けちゃったよ・・・”と言われ、アレ、アルゼンチン戦の日程を覚え間違えていたのかと冷や汗をかいて、“アレ、アルゼンチン戦って今日だったっけ”と聞き返すと、“昼間やっていたよー”と言われ、そ、そ、そんな~~と焦っていたら、それは男子バレーボールの話でした。 現在、イタリアのローマで“世界バレー”が開催されていて、日本は残念ながらアルゼンチン・チームに負けてしまったそうです。 アルゼンチンはバスケット・ボールは強かったことは知っていますが、最近バレーボールも強いのでしょうか? バレーボール・ファンの母に“アルゼンチンって強かったっけ・・・?”と聞いてみると、“ブラジルは強いの知っているけど、アルゼンチンはあんまり聞かないよね~。でも今日はやられちゃった。 それにあっちはイケメン揃いだったわ~!!” とのお返事。 80歳にもなるウチの母、 イケメンチェックまでしていたとは恐るべし!! そうでしたか・・・。 試合を見たかったというよりも私も選手のイケメン・チェックをしたかった・・・。 サッカーの方は、アルゼンチン選手でイケメンはいたっけな~~? エインセ選手ぐらいでしょうか。 フーム、バレーボールで負けちゃったなら、バランスをとるために、サッカーでは何とか日本に勝ってもらいましょう。 
頑張れニッポン! ニッポン、チャチャチャ! ニッポン、チャチャチャ!

2010年9月20日月曜日

200 歳 !!


アルゼンチンは今年建国200年

9月も中旬以降になって、やっと涼しくなってきました。 いや、気温は今日だって28℃ぐらいあると思いますが、今までが暑すぎたので涼しく感じるのです。 数日前25℃だった日は、肌寒く感じました。 そんな中皆さんは、お元気ですか? 私は例年コノ時期、いつも以上に食欲満々なんですが、なぜか今年はいまひとつ・・・。 先日テレビ番組で、子供の寝冷えに注意してくださいといって、その症状を紹介していましたが、全く私の体調と一致します。 ①体がだるい。②食欲がない。③下痢気味。この3点が寝冷えの症状なようですので、気をつけましょう!
今年の夏は、世の中のどんなニュースに注目しましたか? 去年は連日芸能人の麻薬所持が騒がれていたのと、政権交代だったと思います。 今年は民主党の党首選も話題だったと思いますが、私としては、熱中症でかなりの人が亡くなったことと、一番ビックリしたことは日本の100歳を越える高齢者は実は生存していなかったり、家族がわざと死亡届を提出せずに不正に年金を受け取っていた事件です。 日本は女性が世界一番の長寿国で男性は世界第五位です。 会社の同僚いわく、日本の戸籍管理はヒドイ・・・とこの問題を大々的に取り上げたのが、韓国とスイスだそうです。 スイスの長寿具合は女性が4位で男性が3位で、ここで日本が上位から外れることを望んでいるというのですが、本当かな~~??まーいいや。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1610.html
あと、まさかビックリなのが、なんと日本には戸籍上は200歳の人がいたことです!! 100歳生きるのも立派なのに、その2倍の200歳ってあり得ないでしょ。 と思って200歳の人がもしいたら、いつ時代生まれか調べたら、1810年は江戸時代の文化7年になるそうです。 日本では江戸時代の徳川将軍11代の徳川家斉の治世だそうです。

徳川家斉なんて、あんまり知らないな~と思って検索を続けると、松平定信の“寛政の改革”の時代の将軍らしい・・・(確か教科書にあったかも・・・)。いや、なんと言ってもこの将軍の特徴は、大奥最盛期を築いた将軍だということ(いや、これは教科書には書いていなかったはず)。ドラマや映画“大奥”に出てくる将軍様はこの徳川家斉のことが多いみたいですな~。(実は結構お茶の間で馴染の将軍だったのでしたー。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E6%96%89  このWikipediaの説明を読むと、あんまり良い印象がもてませんが、とにかくお元気な方だったようで、逸話のところに書いてある“「白牛酪」(はくぎゅうらく)という今で言うチーズのような高タンパク乳製品を大変好んだ”“生姜を好み、1年中食べていた”というところだけは共感もてます!!  ということで、日本は江戸時代の大奥全盛時代だったわけですが、200年前のアルゼンチンは・・・、つまり1810年は、アルゼンチンという国が建国された年です。ということは今年アルゼンチンは200歳になったのです。 
5月革命記念日をもって建国200年とするそうで、ブエノスアイレス市やあちこちで写真のようなパレードやお祭りが開催されていたようです。 そして、日本でもちょっと前の話ですが、実は8月28日(土)の残暑の厳しい日に日比谷公園で”祝アルゼンチン建国200周年 フィエスタ・アルヘンティーナ“が開催されていました。 日比谷公園の噴水のまわりにアルゼンチンや南米料理・ワインを売る屋台、アルゼンチンの物産を売る屋台がならび、屋外の小音楽堂では、アルゼンチン・タンゴやフォルクローレのショーが行われました。 
小音楽堂は緑に囲まれた気持ちの良い場所でしたが、それでも暑かった。 デモをしてくださったダンサー、特に男性タンゴ・ダンサーはスーツを着ていたので、全員汗だくだったそうです。確かに、アルゼンチン・タンゴのショーやパーティーのデモンストレーションで男性ダンサーは必ず正装していて、Tシャツ姿のダンサーって見たことないかもしれません。 アルゼンチン・タンゴの世界では、省エネルックとかカジュアル・フライデーなんてあり得ないんでしょうかネ。(ってこれらの言葉も最近ほとんど聞かなくなりましたが・・・。)

2010年9月2日木曜日

2010年 アルゼンチン・タンゴ ダンス 世界選手権 


Diego y Chizukoペアー 優勝おめでとうございます!!
Christian y Nao ペアー も3位入賞おめでとうございました !!

今年も8月31日まで、ブエノスアイレスで開催されていた、アルゼンチンタンゴ ダンス世界選手権で日本人ダンサーが快挙です。 すでにテレビのニュースなどで報道されていたのでご存知の方も多いと思いますが、ステージ部門でDiego y Chizukoペアーが優勝!また、サロン部門とステージ部門でChristian y Naoペアーが両方3位に入賞なさいました。 

ディエゴさん、チズコさん、クリスティアンさん、ナオさん、本当におめでとうございました。 

去年はサロン部門でHiroshi y Kyokoペアーが優勝し、ステージ部門でChristian y Naoペアーが3位入賞していますが、今年も日本人の特に女性ダンサーは凄い!!
まずは皆さんの勇姿をとくとご覧あれ!
http://www.10tango.com/interior/index.php?p=clip&idAdjunto=86830&idCMSIdioma=8
凄い足技の連続あり、ジャンプありリフテイィングあり、そして表現力も素晴らしく、思わず見とれてしまいますが、これも日々の努力の結晶だと深く感銘し、心から拍手を贈りたいと思います。
入賞なさった先生方、本当におめでとうございます。 
また、入賞には至らなくとも、多くの日本人ダンサーが決勝戦まで勝ち残り、上位に入っています。 結果はこちらをご参照ください。
サロン部門決勝の結果
http://www.tangobuenosaires.gov.ar/festivalymundial10/web/es/competence/winners_salon_3.html
ステージ部門決勝の結果
http://www.tangobuenosaires.gov.ar/festivalymundial10/web/es/competence/winners_escenario_3.html
予選、セミファイナルそして決勝の成績を拝見して思うことは、毎年予選もセミファイナルも最後の決勝もズーット1位というペアーはなかなかいないということです。 それぐらい実力は伯仲しているということだと思います。 また去年良い結果が出ているから、今年も良い結果が出るとは限らないということです。 そんな中で特にChristian & Naoペアーが常に上位に君臨し、チャレンジ精神を持ち続けていらっしゃることに本当に敬意を表します。 このお2人のみならず、毎年チャレンジをしている日本人ダンサーの皆様、本当にお疲れ様でした。 こうして頑張り続けるダンサーの先生方の背中を見つつ、私も日々の生活で少しずつ自分の仕事や趣味で努力をすることを忘れないようにしたいと思います。 今年は日本は猛暑で9月に入ってもいっこうに涼しくなりませんが、アルゼンチンは逆に例年以上に寒いと聞いています。 選手権が終わって、参加をしたダンサーの皆様はホッとしたり、一息落ち着いたところだと思いますが、どうか体調に気をつけてください。そしてまた日本でステキなダンスが見られることを楽しみにしております。

2010年8月2日月曜日

育ての親が「敵」 孫は葛藤

70年代 アルゼンチン 「左翼狩り」

8月1日(日)の朝日新聞で次のような記事を読みました。

70年代アルゼンチン左翼狩り ー 育ての親が「敵」孫は葛藤
孫101人奪還 祖母ら執念、 という見出しでした。

どういう内容なのかというと・・・。
アルゼンチンは1976年に軍事クーデターが起こり、それから7年間は軍による独裁政権が続いたそうです。 この間、独裁政権に反対する若者が拉致され「行方不明」になっていて、その数は約3万人なのだそうです。 行方不明といっても、拉致された人達は強制収容所に入れられ、拷問されて、その後銃殺されたり飛行機から海や川に突き落とされたのだそうです。 

その拉致された人たちの中には妊娠中の女性もいて、収容所で出産をし、生まれてきた乳児は、孤児院に預けられたり、売られたり、独裁政権の協力者や将校らが養子にしました。 生まれてきた子供たちが、その親達のように左翼的な思想を持たないように、軍政側に近い思想を持つ人間を増やす目的があって養子となった人も多いと言われています。そうした乳児は500人ぐらいいたようです。 
現在70歳代の自分達の子供を拉致され、孫を奪われた“おじいちゃんとおばあちゃん”達が、自分達の孫を探し出し、取り戻す活動をしている・・・というのです。 この孫を取り戻したい祖母たちの会は「五月広場の祖母たち」という名前だそうで、ここ30年間の活動の中で約101人の孫達の身元がDNA鑑定などによって判明したそうです。 
しかし真実が判明して、ハッピーエンドとはいきません。 なぜなら、孫たちは自分の親だと愛し、慕い、頼りにしてきた人が、実は本当の自分の親を殺していた、あるいは殺人に加担していた人だということを知り、心の葛藤を強いられてしまうからです。 自分がもしも“孫”の立場だったら・・・、と記事を読みながら考えましたが、どうしても想像さえできませんでした。(実は両親の実家でこの新聞記事を読んでいて、新聞を読みながら両親の顔をチラチラ見てみましたが、どうしても記事に関して全く実感がありませんでした。 )だからこの孫達の心の葛藤や傷がどれ程なのか分かりようもありません。 ただ、とてもとても悲しいことなのだということだけは分かります。 真実を知った孫達の中には困惑し、精神的に不安定になる人もいれば、真実を受け入れられない人もいるそうです。 そりゃ当然ですね。 しかし、中には育ての親と行き来しつつ、本当の祖母とも家族の関係をつくる人もいたり、自分が悩んだ経験を活かして心理カウンセラーとなり、同じ悩みを抱える人のカウンセリングを受ける人もいれば、国家議員となって“人権委員会”の委員長を務めるに至る方もいるそうです。

この記事を読んで、まず全世界でこのような悲惨な歴史が繰り返されない事を祈りたいと思います。 また今後真実を知る孫達が、苦しいでしょうが現実と向き合い、悲しい歴史を乗り越えて自分の人生を前向きに生きて欲しいです。(と他人事を言うのは簡単だということも良くわかりますが・・・。)

2010年7月31日土曜日

あれから約1ヶ月

どんな言動も怖いもの知らず! マラドーナ元アルゼンチン代表監督

私のブログは約1ヶ月前、まだワールドカップ開催中で終わっていました。
そうそう、1ヶ月前は、日本人選手たちの奮闘に心を躍らせ、アルゼンチンのメッシ選手のゴールが外れるごとに悔しがり、マラドーナ監督の一挙一足を楽しみにテレビにかじりついていたのですね。 そして1ヶ月があっという間に過ぎて、お祭りは終わり、普段の生活に戻り、そして新たな4年後への準備が始まりました。
皆さんもご存知の通り、日本の岡田監督は退任なさり、そしてアルゼンチンのマラドーナ監督も辞任をしましたが、辞任会見でもまたもやドラマッティックな展開を見せています。
自分が代表監督を続投しないだけではなく、その理由として堂々とアルゼンチン・サッカー協会の上層部を名指しで批判しました。
皆さんはマラドーナ監督を見て、どんな感想を持っていますか? 何をするにもお騒がせなヤツだと思われるのが大方の見方でしょうか? 私はとにかく“凄い”という感想です。 子供でもないのにその時に自分が思っていることを包み隠さず話す、こういうことを発言すると批判されるとか、自分の将来に不利だとか、自分の発言で傷つく人がいるかもしれないとか、そういうことは一切考えないのでしょうね。そしてこの人をさらに凄いと思うのは、自分の過ちを簡単に認めてきちんと謝ることです。 監督の退任会見の記事をご覧ください。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/headlines/20100729-00000008-spnavi-socc.html
「わたしの時代はわずか1年半だった。これは、ここ35年間で最短だ。その間、正しかったこともあれば、間違っていたこともあった。」とおっしゃっていますが、私にはやっぱり潔い発言に思えます。 マラドーナ監督にとって、恐ろしいことってナンなんでしょうか? 家族や近親者の死以外にはなさそうですね。 そしてマラドーナ監督からマラドーナさんになって、今後はどんな生活を送るのでしょうかね? 監督を辞めた後の活動も何だか楽しみです。 結局何をしようとディエゴ・マラドーナはディエゴ流を貫くのでしょうが、私たちはそのディエゴ流になぜか魅力を感じてしまうのでしょうか??? 不思議だ~。
ところで、マラドーナ監督の後任のアルゼンチン代表監督の候補が、何とラモン・ディアスさんです。 ラモン・ディアスのことがすぐ分かる方は、Jリーグを長年見ているサッカー・ファンの証拠です。 ラモン・ディアスさんは、日本のJリーグが発足した年の初代得点王です。
私はJリーグ・ファンとはいえなかったけれど、それでもラモン・ディアス選手のことを良く覚えています。 (ジーコ監督やアルシンド元選手より素晴らしいと思っていました。) だって、申し訳ないけれど、当時のラモン・ディアス選手と他の日本人選手とのレベルの差は歴然としていて子供と大人だと思ったのを今でも覚えています。 元アジアの壁と呼ばれた元日本代表のキャプテンの井原正巳さんが、引退後のインタビューでもラモン・ディアスは凄い選手で、一緒のクラブでプレーが出来て幸せだったとおっしゃっていました。 ラモン・ディアスさんは横浜マリノスを選手として最後のクラブとし、引退後はアルゼンチンのリーベルプレートなどで監督をしていました。 私は知らなかったけれど、マラドーナ監督とは確執があったとWikipediaには書いてあります。 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B9
ということは、もしもアルゼンチン次期監督がラモン・ディアスさんになったら、また新たなドラマティックな展開がありそうですね・・・。 
と、アルゼンチンの代表監督と日本の代表監督がどなたになるのか、8月の決定をを楽しみにしている今日この頃の私です。

2010年6月28日月曜日

アルゼンチンもベスト8に!




日本も続け! ひとつひとつ、ステップ・アップ!!

明日は、南アフリカのワールドカップで日本はパラグアイと対戦します。 アルゼンチンは昨夜メキシコに勝って、次はドイツ戦です。 (このパターン、4年前のドイツ・ワールドカップと同じです。 アルゼンチンは本選でメキシコに勝ち、次のドイツにPK戦の末敗れました。今回はリヴェンジです。) 私たち日本人は、明日、日本のユニフォームを持っていなくても、青のものを身に付けて日本を応援しましょ~う。 しかし、そんなことを思っている私の携帯には、パラグアイのイケメン“サンタ・クルス選手”に注目しているジョシからのメールが何通も届いております!! まー確かに、イケメン選手のチェックもワールドカップの楽しみ方の1つです。



それに私も今回新たな楽しみ方を見つけました。 日本の本田選手と私は誕生日が一緒だということは、前のブログに書きましたが、何と、ガーナのゴールキーパーのキングソン選手も同じ誕生日だということが分かりました。 ガーナも先の試合でアメリカに勝ってベスト8が決まりました。アフリカの国は、もうガーナしか残っていませんし、誕生日同日同盟ということで、急遽ガーナを応援することにしました! キングソン選手の紹介がある時に必ずと言ってよいほど話されるエピソードは、実は本名はキングストン(Kingston)なのに、前回のドイツ・ワールドカップの時のユニフォームに間違ってKingsonと記載されてしまったのだそうです。それでも本人、まーいいんじゃない・・・といって、登録名をそれ以降キングソンにしているのだそうです。 実は私も苗字がかわっていて、良くお店とか病院とかで名前を呼ばれる時に読み間違えされます。 でもあまりにもしょっちゅうだから、特に必要でない限りはわざわざ“私の苗字は○○ではなくて、○○です。”とは訂正しません。 こじつけですが、私とキングソン、いや、キングストン選手、やっぱりそんなところ似ていますね!  

で、明日の試合ですが、サンタクルス選手のステキさにハートを射抜かれた、なでしこ女子は、さてさてどちらを応援するのでしょうか?? パラグアイ情報をさらに集めてみると、オーット、パラグアイの監督は、なんとアルゼンチン人ではないですか!! Gerardo Martino監督です。 

そしてアルゼンチン人の監督がもう1人今回活躍なさっています。(つまり今回のワールドカップで3人のアルゼンチン人監督が活躍しています。) それは、チリ代表監督のMarcelo Bielsa監督です。 ビエルサ監督、どこかで見たことあると思ったら・・・、あ~、2002年日韓ワールドカップの時にアルゼンチンを率いていましたね。(きちんと覚えていなかったけど、どうやらその時アルゼンチンは本選に残れなかったのよね!)今回チリも本選に残っています。 どこまで頑張るでしょう? ところでビエルサ監督の愛称はEl Locoと書いてありました。 El Locoって、訳すと“狂人、きちがい”という意味です。サッカーに関して相当マニアックなんでしょうね。 そして、こんな記事も見つけちゃいました! なんと我らが岡チャンの後任の日本代表監督にビエルサ監督が候補として上がっているのだそうです。
http://www.daily.co.jp/soccer/2010/06/25/0003128283.shtml
私は、もしオシム監督の健康状態さえ許せば、もう一度オシム監督がいいな~と思っていたのですが・・・。(って気が早すぎる!)
ビエルサ監督は今夜の深夜、ドゥンガ監督率いるブラジルと対戦。 ウー、厳しい・・・。
ビエルサ監督に頑張ってもらいたいから、アストル・ピアソラ作曲の“ロコへのバラード”を贈ります。
http://www.youtube.com/watch?v=0DBmUoy6Q2c&feature=related
最後に・・・、アメリカ対ガーナ戦とイングランド対ドイツ戦にミック・ジャガーが観戦していました。 (それもアメリカ戦はクリントン元大統領と一緒に・・・。) ミックの応援も虚しく、アメリカもイングランドも負けてしまいました・・・。 しかし、なんでミックってこんなにシワクチャ顔で口も人の2倍ぐらい大きいのに、ステキなんでしょうね~。

2010年6月21日月曜日

2010年 サッカー・ワールドカップ 見てますか ?


アルゼンチン 快勝中! 日本は次、勝つよ~!

ワールドカップの試合、連夜ご覧になっていますか? もちろん、私は見ています。
1人で見るもよし、家族で見るもよし、お友達と大勢集まってみるもよし。 家でリラックスして見るのも楽しいし、スポーツカフェやパブリック・ビューイングで見るも楽しいし。 もちろん現地で見れたら一番楽しいでしょうが・・・。(でも、サッカーの試合って自分が見に行った試合をもう一度家でビデオを見ないと、観客席とピッチが遠いから、何でカードが出たのか、一体誰がヘディングで点をいれたのか・・など確認しないと分からないことがありますよね。)
先週の土曜日の日本対オランダ、皆さんはどんな風に観戦しましたか? 私はウチでお友達と手に汗を握りながら見ていました。 といいながら、実はお友達が持ってきてくれた南アフリカ産のワインを飲みながらだったんですけど・・・。 特にワールドカップの時期、私が心がけていることがあります。 それは、なるべく出場国の食べ物を食べるということです。 前回までのワールドカップの時期、アルゼンチンの食べ物として、アルゼンチン・ワインを飲むようにしていたんですが、今回新しいアルゼンチンの食べ物をみつけたので、オランダ戦の日にみんなで食べました。 それが写真のアルゼンチン産赤エビです。(アルジェリア料理としてクスクスも食べました。) コレを見つけたときに、魚屋さんに、どうやって食べるのか訊ねたところ、“お刺身でこのまま食べるのさ”と言われたんですが、冷凍とはいえはるばる日本まで相当長旅をしてきたはずなので、チョットお刺身では気がひけて、結局白ワインで酒蒸しにして、香草とレモンとオリーブオイルをかけて食べました。 味は、美味しかったです。 甘エビの大きいヤツと考えて良さそうです。
http://www.nosui.co.jp/campaign/20100510_01.htm
また、見つけたら値段も手ごろだし、是非食べたいです。 ところで、今年の3月のことになってしまいますが、次のような記事を見つけたんです。
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-14461620100323
アルゼンチンはインフレがひどくて、国民がほぼ毎日口にする牛肉の値段が急上昇していて、政府は補助金を出して、魚の値段を安くして、牛肉じゃなくてお魚を食べるよう奨励しているようなんです。これで、アルゼンチン国民の中で、お魚を食べる習慣が根付くようになるでしょうか? アルゼンチン国民が魚介類にもっと興味が出てきたら、国内消費が増えることによって、私が食べたアルゼンチン赤エビは日本まで届かなくなってしまうかもしれませんね~。
ワールドカップ大会は7月11日までですが、大会が終わるまでに何とか“スロバキア産”、“スロベニア産”、“セルビア産”“カメルーン産”、“ナイジェリア産”、“コートジボワール産”、“ウルグアイ産”、“ホンジュラス産”の食品を見つけたいと思っていますが、どなたか良いお知恵はありませんか~?(これ以外の国の食べ物・飲み物は手に入りそうです。)

2010年6月16日水曜日

2010年 サッカー・ワールドカップ 南アフリカ大会 始まりました!




日本 初戦 勝利 !!

4年に一度のサッカー・ワールドカップが始まりました。 楽しみな1ヶ月間が続くかと思うと嬉しくてたまりません。 そして、その気持ちに弾みをつけてくれたのが、昨夜の日本の初戦、日本対カメールーン戦。 見事に勝利 ! それも決勝点となった1点をあげたのが、私と誕生日が一緒の本田圭祐選手です。 
本田選手、素晴らしい1点をどうもありがとう。
試合後の本田選手のインタビューを見ていて、フト私と本田選手の共通点を見出してしまいました。 それは・・・、聞かれてもいないことを、正直にペラレラと話すこと、自分の思ったことを何でも言ってしまうところ・・・です。 もしかしたら、これは6月13日が誕生日の人の特徴かもしれません。 もし自分のまわりに6月13日生まれの方がいらしたら、そんな傾向がないかチェックしてみてください。
 
さてさて、日本の勝利も嬉しいけれど、アルゼンチンも勝利して、私は嬉しい・楽しい!
アノー、サッカー解説者の方々は、とにかくマラドーナ監督に関するコメントをする時、それがどんな内容であっても、メチャクチャ楽しそうです。 で、アルゼンチンの試合をご覧になりましたか? 私は、エインセ選手が1点を取った後は、何だか逆にドキドキしながら試合を見ていました。 メッシ選手のゴールは入りそうで相手のゴール・キーパーのスーパーセイブにあい(ナイジェリアのゴールキーパーは凄く優秀でしたね~)結局ゴールラインを割ることが出来ませんでしたし、イグアイン選手は決定的な場面で(少なくとも2回はあったぞ)大外ししていたし、そしてディフェンスがすごく危なかった。 ポジショニングの面でもパス回しも、良くなかった。 ナイジェリアはアルゼンチンというサッカーのブランドネームに少し気後れして積極的に攻められなかったのか、アルゼンチンは何とかナイジェリアに点を許しませんでしたが、これからの1番の修正点はディフェンスだと思います。 次は木曜日にアルゼンチン対韓国! 今回の韓国は強そうですね。
そういえば、韓国は初戦をギリシャと戦い2 – 0 で勝利しました。 翌日の韓国のメディアはもちろんこの勝利を大々的に報道したのですが、そんな中、相手のギリシャのカツラニス選手を“ギリシャの芝男”と褒め称え話題を呼んだそうです。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100613-00000013-scn-spo
カツラニス選手がシュートをした時に、自分の靴のスパイクでグランドの芝をえぐってしまったので、そのえぐれた穴を自ら手で整備している姿を賞賛し、“地中海のマナー男”と呼んで人気が出ているそうです。 試合の結果だけではなくて、こういう話で盛り上がれるのもこういうスポーツ大会の楽しいところですね。
イタリアも昨夜の深夜にパラグアイと初戦を戦いました。 チョイワル・オヤジで有名なジローラモさんがテレビで言っていましたが、イタリアは前回のドイツ大会で優勝をしたので、国民も選手もそれで満足してしまって、いつもほどは皆ワールドカップだといって騒いでいないのだそうです。 イタリアだってサッカー大国なわけですから、2連覇するぞーとか、選手も前回優勝したからとプレッシャーを感じているのかと思いきや、そうでもないらしいのです。 リッピ監督は選手のモチベーションを上げるのに苦労しているとのことですが、リッピ監督自身も2連覇するとか一言もいっていないし・・・。 ウーン、でもこういうイタリアの肩の力の抜けた感じもいいですね。 (とはいえ、これでイタリアが予選敗退となれば、イタリア国民凄く怒ると思いますが・・・。)
その他にもオシャベリしたいことは、沢山あります。 が、今日の最後に一言。実は開会式にネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領がご出席なさる予定だったのに、ご親戚が交通事故に遭われて、開幕式には急に出席できなかったそうです。 なので、現在91歳になられるマンデラ元大統領の元気なお姿を閉会式では是非みたいです。 ネルソン・マンデラ元大統領の笑顔って本当にステキだと思いませんか。 笑顔を拝見すると、こちらが元気だろうが元気がなかろうが、何だか勇気が湧いてくる気がしませんか?
  

2010年6月7日月曜日

今年の全仏オープンテニス大会





男子ジュニアでアルゼンチン人優勝

いよいよ今週、サッカーのワールドカップ南アフリカ大会が始まりますが、その前に私は昨夜まで連夜パリでこの時期毎年開催されている、全仏オープンテニスの熱戦をテレビ観戦しておりました。 (私って、サッカーの観戦が一番好きだけど、実はテニスやフィギュアスケートとか、他のスポーツも観戦するのが好きなんですね。 今更気がついた。)


男子シングル決勝戦はスペインのナダル選手とスェーデンのソダーリング選手の戦いとなりました。 ナダル選手は2005年から2008年まで全仏オープンで4連覇を成し遂げたクレーコートの王様でしたが、2009年は怪我のせいもあって、本選の4回戦でこのソダーリング選手に負けてしまい、その後のウィンブルドン大会も欠場してしまい、本人的には苦しい2009年を過ごしたようですが、怪我を治して今年復活しました! 一方ソダーリング選手は去年も決勝まで勝ち進み、決勝戦で王者フェデラー選手に負けてしまい、今年は2度目の決勝戦進出となりました。  結果は、ナダル選手が優勝。 優勝が決まって、セレモニーが始まる前に、ナダル選手は男泣きしていました。 去年よっぽど自分の思うように体か動かず辛かったのでしょうね。 でも、ナダル選手は怪我をしていて調子が悪いといっても、去年の選手ランキングでは常に10位以内に入っていたと思いますので、充分じゃないかと思うのですが、私のような平凡な人間には、一流選手の自分に対する期待の高さとか自分に対する厳しさとかそういうハイクオリティーな精神性が良く理解できないのかもしれません。 でも、ナダル選手の男泣きは見ていてステキでした。 怪我を我慢して、根気良く人並みはずれた努力をして、自分を信じて頑張ってきたことに対して、神様からの祝福があったのでしょう。 ところで、テニス観戦で私が最も見たいところは、もしかしたら、試合後のインタビューかもしれません。 なぜなら、テニスは紳士のスポーツと言われるだけのことはあって、どの選手も相手選手に対する敬意と自分の周りの人や観戦に来たお客さんや、ボールボーイなどの大会のスタッフ全員に対する感謝の言葉を必ず口にします。 テニス選手として、そんなのはお決まりなのよ・・・という方もいらっしゃるかもしれませんが、大概の選手はビックリするほど謙虚で、いつもインタビューを聞いた後に清々しい気持ちになります。 (でも、往年の1980年代に活躍していたジョン・マッケンロー選手のインタビューは、覚えていないけど過激だったかもしれません。)今年も準優勝となったソダーリング選手のコメントは、“ラファ、優勝おめでとう。 今日のキミは本当に素晴らしいプレーでした。 こういうプレーを続けていくことが出来るなら、キミは他の大会でもタイトルを獲得できると思うよ。(ここから自分の家族・コーチや様々な人への感謝の言葉が続き、最後に・・・)今日ここに来てくれた観衆の皆さん、応援してくれて本当にありがとう。 また来年ここに戻ってきて、3度目のチャレンジが出来るようにまた頑張ります。”というものでした。 試合後は負けてガッカリして肩を落とし、遠くを見ていましたが、コメントは明日からまた頑張ろうという力強さに溢れているように私には思えました。

ところで、去年全米オープンテニスを優勝した、アルゼンチンのデルポトロ選手は、怪我の為、全仏オープンは欠場しました。 早く怪我を治して、また勇士を見せてもらいたいです。 で、今大会の男子ジュニアの試合では、なんとアルゼンチン人のアグスティン・ベロッティ選手が優勝しました。 
http://www.yomiuri.co.jp/sports/news/20100606-OYT1T00608.htm
ジュニアって何歳までなんでしょうか? 間違いなく10代の選手でしょうね。 アルゼンチンではテニス界でも間違いなく楽しみな選手が育っていますね。 日本も、杉山愛さんが去年引退して、今一番女子で強い選手が39歳の伊達クルム選手でしょ。 
日本の若い選手、もう少し頑張って欲しいな~! 

2010年6月2日水曜日

2010年 南アフリカ サッカー・ワールドカップに向けて





どこの国が勝ちますかね?

ワァー、今年も6月になってしまいました。 そして、今月の6月11日(金)から、南アフリカでサッカーのワールドカップが約1ヶ月間にわたり開催されます。
それに向けて、出場国の代表選手の選出もほぼ終わり、各国は合宿をして練習をしていますね。 
http://members.jcom.home.ne.jp/wcup/nationalnews.htm
日本の岡田監督のメンバー選出に関して、私はだいたい同じ意見です。 1998年のフランス大会、日本が初めてワールドカップに出場した大会での代表選手について、三浦カズ選手を選ばなかった岡田監督の決定に私的には納得がいきませんでしたが、私の当時の周囲は岡田監督の決断を支持していました。 今回のメンバー選出、皆さんはどう思われますか? 私が特に期待している選手は、フォワードの森本選手、中盤選手の本田選手、阿部選手、稲本選手、ディフェンダーの内田選手、ゴールキーパーの川島選手です。
とはいえ、日本が予選を突破するのはかなり難しいと思います。 それで、もしも日本が予選を突破出来なかったら、6月24日以降は冷めた目でワールドカップを観戦することになります(か、もう見ないか・・・)。 ワールドカップを楽しむための私のオススメは、何カ国か自分の応援国をあらかじめ選んで、自分のご贔屓の国の選手に詳しくなっておくことです。 私が日本以外に応援するのは、もちろんアルゼンチンとイタリア。 それと、もしカメルーンが予選を突破したら、そこからカメルーンも応援します。(カメルーンのエトー選手が好きだから・・・。走る姿が、すごく美しいと思います。) ただ・・・、私の優勝国予想は・・・、冷静に見れば、スペインかブラジル、上手く行けばアルゼンチン、ひょっとしてオランダ・・・、というところでしょうか。 前回イタリアが優勝しましたが、今回のイタリア、準優勝だったフランスは、優勝は難しいというのが予想です。
アルゼンチンは、南米予選を最下位でギリギリ通過しましたが、アルゼンチンの今のフォワード陣は、世界ナンバー・ワンだと思います。 バルセロナで活躍する現在最優秀サッカー選手と言われるメッシ選手をはじめ、今年レアル・マドリーで好成績を残したイグアイン選手、ヨーロッパ・チャンピオンズリーグで優勝したイタリアのインテルで、大活躍したミリート選手など、今期活躍した世界のフォワード選手の中でこの3人はトップ10に入ります。
そして、この写真は、ワールドカップ前のカナダとの親善試合に出場したイングランドのマンチェスター・シティーで活躍するテベス選手です。 アルゼンチンのマラドーナ監督もさぞや鼻が高いことでしょう。 しかし、サッカーはフォワードが強ければ勝てるわけではないので、そこが問題だと思うのです。 アルゼンチンは、南米の国の中では伝統的には守備も強い国ですし、世界で活躍するディフェンダーがもちろん代表選手に選ばれているのですが、なぜか今回のディフェンスの中にサイドバックの選手はほとんどいません。 私がマラドーナ監督の側近だったら、このことについて、必ずや進言させていただいたと思います。 というか、私が気がつくぐらいだから、アルゼンチン国内でも、ありとあらゆるところで、この話は出ているはずですね。マラドーナ監督にはどんな戦略があるのか・・・、あるいはどんなカンが働いているのか・・・。  ところで、2週間ぐらい前にNHKでメッシ選手の特別番組をやっていました。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/100523.html
以前メッシ選手の生い立ちなどは、このブログでも書いたことがありますが、子供の時に成長ホルモンの異常で毎日高額なホルモン剤を自分で注射して治療をしなくてはならなくて、その医療費の為に母国アルゼンチンを離れてスペインに渡ったメッシ選手ですが、いつもアルゼンチン代表に選ばれて活躍することを夢見てきたそうです。 南米予選では、なかなか良いところを見せることが出来なかったわけですが、きっとこのワールドカップで大活躍すると信じています。 
うぁ~、どんなドラマがあるのか、今から楽しみですね。
えーっと、ちなみに私が今までのワールドカップの中で一番嬉しかったことは、2002年日韓共催ワールドカップの時に、私の誕生日に、イタリアのデル・ピエロ選手がゴールをしてくれたことです!!

2010年5月4日火曜日

バルセロナ 対 インテル (ヨーロッパ・チャンピオンズ リーグ2009~2010)


職人芸か !

今年は、冬季オリンピックがあって、そして6月にはサッカーのワールドカップがあって、私にとって楽しみの多い1年です。
皆さんは、ワールドカップでどこの国が優勝すると思いますか? あるいは、どの国を応援しますか? 私は、もちろん日本も応援しますけれど、岡田監督の目標であるベスト4は、どう贔屓目に見ても難しい! 先日スカパーのサッカー番組で、以前日本のガンバ大阪で活躍していたカメルーンの元代表選手のエムボマさんが、インタビューされていて、“日本はまだベスト8にもなったことがないのに、いきなりベスト4を目標に掲げるのは、ちょっと欲張りすぎ。もちろん夢をもつことは大事だけれど、その一方で現実的な冷静さも必要である。”とおっしゃっていました。 まさしくおっしゃる通り、同感です。 日本での選手時代には“浪速の黒豹”と呼ばれていたエムボマさんは、現役引退後アフリカのサッカー選手の代理人などを経て、現在はアフリカの人々の生活を向上させる為のプログラムを計画する会社の役員をなさっているとおっしゃっていました。インタビューの中では、謙虚なところあり、ユーモアあり、選手時代の爆発的な運動神経も素晴らしかったけれど、とても知性のある好感が持てるステキな方だと思いました。
私のワールドカップ予想は、また別の機会にコメントさせていただくとして、今日は先週4月29日に行われた、ヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグの準決勝について・・・。
http://jp.uefa.com/uefachampionsleague/matches/season=2010/round=2000031/match=2000484/postmatch/quotes/
ヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグは、ヨーロッパの各国リーグの上位チームが毎年その大陸のクラブチャンピオンを決めるトーナメントで、決勝戦以外は自分のチームのスタジアムと相手のチームのスタジアムで試合をして、2試合の合計点で勝負を競います。これはヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグに限らず、アジア・チャンピオンズ・リーグ、南米のリベルタドーレスも同じルールで、たぶんアフリカ大陸、北米大陸のリーグも同じだと思います。各大陸のチャンピオンは、12月に開催されるクラブ・ワールドカップ(通称トヨタ・カップ)で世界一を決めます。去年はバルセロナが世界一になりましたね。 私が特にヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグに熱心なのは、どうしても世界のトップ選手がヨーロッパの、特にスペイン、イタリア、イギリス、ドイツ、フランスなどの国内リーグに集まっているからです。 だから今度の6月のワールドカップに各国の代表選手として出場する選手の多くはヨーロッパ・リーグで活躍している選手が多いし、あるいはそうでない若い選手は、ワールドカップで活躍してヨーロッパのチームに移籍するのが、サッカー選手としてエリートコースを歩むことになると言っていいと思います。 身近な(?)話では、元日本代表の中田英寿選手はワールドカップ・フランス大会でヨーロッパのスカウトの目に留まって、その後イタリアのペルージャというチームに移籍したわけです。 それで4月29日は、去年のチャンピオンで現在も最強といわれ、そして世界で最も素晴らしいサッカー選手に選ばれたアルゼンチンのリオネル・メッシ選手が活躍するスペインのバルセロナ対イタリアの国内チャンピオンをここ数年堅持しているジョゼ・モウリーニョ監督率いるインテルが、準決勝の第2戦目を行いました。 もう1つの準決勝は、フランスのリオン対ドイツのバイエルン・ミュンヘンで、バイエルンが既に勝って、決勝行きを決めていましたが、バルセロナ対インテルが事実上の決勝戦と言われて注目されました。 第一戦目はインテルのホームのミラノで4月21日に試合が開催され、結果はインテル3対バルセロナ1でインテルが勝っていました。 しかし、非常に得点力のあるバルセロナにとって、自分達のホームスタジアムで数点ゴールして第二戦目を勝つことは充分に可能性が高いことだと言われていました。 そして、試合の結果は、バルセロナ1対インテル0でバルセロナが勝ちましたが、2戦の結果を合計するとインテルが決勝に行けることになりました。バルセロナが攻めて攻めて、インテルが守り抜いて・・・、終わってみるとバルセロナのボール支配率は75%でインテル25%、バルセロナのシュートは12本に対しインテル1本、それもインテルは試合前半途中にモッタ選手が一発レッドカードで退場。1人足りないまま、約60分戦いました。 点数だけを見ると、つまらない試合だったのかと思うかもしれませんが、いえいえ、凄い熱戦でした。 私はどちらのチームにも肩入れしていなかったのですが、いつバルセロナが得点するのか、インテルはこれ以上イエロー、レッドカードを出さずに最後まで行けるのか、結構ドキドキしました。 そして試合中にフト、気がついたことが・・・。 この試合でメッシ選手の動きは決して悪かったわけではありませんでしたが、得意のドリブルで切り込んでいく、あるいはシュートをしようという場面など、良いところでインテルのカンビアッソ選手とサムエル選手に止められていました。 インテルというチームは別名イタリアの中のアルゼンチン・チーム。 キャプテンのサネッティ選手を筆頭に、サムエル選手、カンビアッソ選手、ディエゴ・ミリート選手がアルゼンチン人で、だいたいこの4人はいつも試合に出場しています。もちろんインテルには、様々な国の選手が所属していますが、例年スタメン選手の1/3はアルゼンチン選手です。 私が言いたいことは、メッシ選手は今回は図らずもアルゼンチンの先輩選手にいじめられちゃった・・・というか、カツを入れられたというか・・・。 サッカーの試合を観ていて一番楽しいのは、点が入る時ですが、この試合では守備をするときの駆け引きとか、必死に守るインテルの選手の体から滲み出る一生懸命さとかも見ものでした。 もちろんバルセロナの選手も必死で一生懸命やっていたと思いますが・・・。よく“最後は執念”というけど、インテルのモウリーニョ監督は、とにかく選手に徹底した指示を与えていました。インテルはストライカーのエトー選手やミリート選手も守備をしていて、途中ミリート選手は交代させられましたが、普段とは慣れないことをしたせいか、疲れきって顎が出ちゃってました!! ま、インテルの選手は、監督の指示で、たとえ自分の得意なことをさせてもらえなくても、最終的には勝ったので、これで全て良しということになりました。 それにしても、モウリーニョ監督の選手に対する指揮管理力はきっと凄いに違いない。 それに応えるインテルの特にディフェンダーの選手達の動きは職人芸に見えたな~。 
チャンピオンズ・リーグの決勝戦は、5月22日にスペイン・マドリードで開催されます。確かレアル・マドリーは、自分達のスタジアムで決勝戦が行われるので、絶対に決勝まで勝ち残ろうと44億円を投じて、クリスティアーノ・ロナウド選手(ポルトガル)とカカー選手(ブラジル)を獲得しましたね。 計画通りに行かなかくて、残念でしたが、この金額、残念でしたね・・・で済まされるものでしょうか???
で、私の予想は、インテル勝利。 それも、カメルーン代表のエトー選手のゴールで。
それで、エトー選手は達成感とこの1年の疲れが出ちゃって、南アフリカのワールドカップの日本との第一線目では調子が出ない・・・というのが私の筋書き!
(個人的には、エトー選手の走る姿って本当美しいといつも思っていて、大好きな選手なんですけど・・・。)

2010年4月25日日曜日

カルロス・リバローラ (アルゼンチン・タンゴ ダンサー)


神業で神技にあらず! ステキの一言でした!!

4月も20日を過ぎてしまいました。 つまり随分とブログをアップしていなかったのですが、単にさぼっていたダケです。
ところで、先週の火曜日に渋谷で友人と食事をし、何気にその友人と渋谷の文化村をウロウロして、“カルロス・サウラ監督の新しい映画をやっているねー”と言って、オーッ文化村の映画館は火曜日は1000円ダー!と気付き突然2人で“ドン・ジョヴァンニ”という新作を観ました。

http://www.don-giovanni.jp/
この映画は、モーツァルトのオペラ“ドン・ジョヴァンニ”の台本を書いた、イタリア人のロレンツォ・ダ・ポンテが主人公で、彼がどうやってモーツァルトと出会い、どのようにこの作品を作ったのかというお話です。モーツァルトが主人公ではない音楽映画なのです。私の感想としては、何か心に迫るような映画ではありませんが、色々な意味で(音楽、衣装、時代背景など)楽しめる映画だと思いました。
映画を一緒に観た私の友人は長年映画に携わる仕事をしてきたので、もちろん国内・国外を問わず沢山の監督や俳優さんのことを知っていますが、私は普通に映画は好きだけどそんなに詳しいわけでもありません。ないのになぜカルロス・サウラ監督に反応したかわかりますか?(カルロス・サウラ監督は世界的な有名監督だけど、誰もが知っているようなメジャー監督というわけではないと思います。)
それは、カルロス・サウラ監督がアルゼンチン・タンゴを題材にした“タンゴ”という映画を作っていたからです。 カルロス・サウラ監督は、スペイン人の監督で、“血の婚礼”、“カルメン”や“ゴヤ”などの作品の方が知られているかもしれません。 これらの作品の中で“ゴヤ”は見ていませんが、私が知る限りでは、この監督の作品では音楽やダンスが非常に作品の中で大事な位置を占めます。 というか音楽映画と言ってよいでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%83%A9
話を映画“タンゴ”に戻すと、この映画は10年以上前のもので、私がアルゼンチン・タンゴのダンスを習う前に日本でも公開されましが、私は映画の公開さえも知らなくて、ダンスを習うようになってから、DVDを買いました。 話の内容は、アルゼンチン人の離婚をしたばかりの傷心の映画監督が、アルゼンチンの歴史の一部をタンゴの音楽とダンスを取り入れてミュージカル風に作り上げる話です。 そして出演者の中に3人のアルゼンチンが誇るダンサーがいます。1人はバレーダンサーのフリオ・ボッカ、あとの2人はタンゴ・ダンサーのファン・カルロス・コペスとカルロス・リバローラです。 そして、そのカルロス・リバローラ マエストロが、4月に日本に来日していて、私が普段タンゴ・ダンスを習っている恵比寿のスタジオで、レッスンをしたり、ミロンガというダンス・パーティーにいらしていました。 私はレッスンを受けませんでしたが、ミロンガに行って、リバローラ マエストロを初めて見ました。 上の写真は、その時に私のDVDにサインを頂いたものです。(見にくいかもしれませんが・・・。)わざわざサインまで貰って、ファンだったのかといえば、実はそうではありませんでした。 カルロス・リバローラが一躍有名になったのは、タンゴ・アルヘンティーノというタンゴショーのメイン・ダンサーだったからだと思いますが、このショーが世界的なツアーをしていたのは(日本にも来ていました。)、1980年代のことなのです。 その頃の私は何が好きだったんだろ??? 少なくともアルゼンチン・タンゴが好きだったわけではありません。 だからリバローラ マエストロのダンスを見たのはこの映画が初めてだったと思うのですが、昨今日本にはアルゼンチンから凄いダンサーが来日して、それをナマで見る機会も多いので、映画の中のマエストロの踊りが凄いな~とは思っていなかったのです。                                                      で、いざ、実際のマエストロは。 まず、私がスタジオに到着した時、マエストロはお友達とか生徒さんと座って歓談していました. 印象は普通のジェントルマンといった感じ。その後、“今日はリバローラ マエストロがいらしています”と紹介があって、マエストロが簡単な挨拶をしたんですが、アレー、見かけによらず、結構声が高い・・・。ちょっと想像していたのと違うな・・・。と思っていたら、マエストロが生徒さんらしき女性と踊り始めました。すると・・・、オオッー、マエストロが踊っているところに、まるでスポットライトが当たっているかのような・・・。思わず目を奪われました。 それもマエストロは特別な足技や目を見張るような早いステップを踏むとか、そんなことは一切なくて、単に音楽にあわせてゆっくり踊っているだけ、歩いているだけみたいなもんなんですよ! でもそこには何ともいえないステキな雰囲気がただよっているのです。 マエストロは、外見は普通の中年外国人男性ですけど、いざタンゴの音楽に合わせてゆっくり歩くように踊ると、そこには別格の世界観が広がるのです。 ヒェー! 凄い!! これこそ、神業であり、神技ではないのです。カルロス・リバローラ マエストロは、アルゼンチン・タンゴをもちろん愛していると思いますが、アルゼンチン・タンゴも彼をこよなく愛しているんでしょうね。 羨ましい!
アルゼンチン・タンゴの素晴らしさを改めてかみしめたのでした。 


2010年3月30日火曜日

マエストロ Osvaldo Requena の訃報


去年、お元気で日本中を演奏旅行なさっていたのに・・・。

今日、アルゼンチン・タンゴの偉大なピアニスト兼作曲家のオスバルド・レケーナ マエストロが3月25日(木)(現地時間)天に召されたことを知りました。 去年、マエストロと一緒に日本に来日した、チェロ奏者のクラウディオ・ポリさんが、メールで知らせてくださったのですが、私のスペイン語がつたないためなのか、何かの間違いなのか、そんなはずないでしょ・・・と信じられなくて、ラティーナさんのHPを見たら・・・、間違いではありませんでした。
http://www.latina.co.jp/topics/topics_disp.php?code=Topics-20100328004718
何でそんなに信じなれなかったかと言うと、マエストロは去年の民音タンゴでマエストロとして、1月13日から4月2日まで、日本の南は鹿児島から北は北海道まで約50公演をほとんど毎日精力的にこなされました。 私も2009年1月17日(土)中野サンプラザでの公演に行きましたが、もう一人のマエストロ、バイオリンのスアレス・パス との息もピッタリの素晴らしい演奏で、本当に感動して、一緒に行ったタンゴ仲間と、これこそアルゼンチンの人間国宝だと話をしたのを今でも覚えています。 You tubeでその時の映像があったので、ご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=yX72x7DpeE8
これは去年の映像なので、マエストロが77歳の時の演奏です。 
うーんと、マエストロの素晴らしさをもう少しわかりやすく分かってもらえるかもしれない映像を、もう一つ見つけましたので、こちらをじっくりお聞きください。
http://www.youtube.com/watch?v=yE_OP9Ri_r8
Mauricio Marcelliというバイオリニストとの共演ですね。(本当は、スアレス・パスとの2人の演奏を聴いてもらえる映像があれば、もっと良かったのに!)曲は、カルロス・ガルデルの名曲“El dia que me quieras (思いの届く日)”です。 ウワーっ、すごく綺麗な調で、涙が出てきました。 私がマエストロの演奏で好きなところは、演奏が思いやりに満ちているように感じるところです。 あんなにピアノが上手なのに、“私の演奏、どうです!”みたいな、オレ様的なところはみじんもなくて(そういう演奏も、それはそれで素晴らしいけど)音楽と共演する演奏者とのバランスを常に考え・感じて、曲の編曲を手がけ、ピアノを弾いていらっしゃったと思います。 (それに、柄のシャツもステキですね。 お洒落さんだったのでしょうかね?!)とても淋しいけれど、マエストロはきっと天国で別の先輩マエストロと“カフェ・デ・ロス・マエストロス”(レケーナ マエストロが晩年指揮を務めた、マエストロ達を集めたプロジェクト楽団)を結成しようと、さっそく動き始めているような気がします。 
オスバルド・レケーナ マエストロ のご冥福を祈ります。 
マエストロ、素敵な演奏をどうもありがとうございました。

2010年3月8日月曜日

アカデミー賞 外国語映画賞


日本映画の翌年にアルゼンチン映画受賞!

本日、アメリカのアカデミー賞が決まりました。 去年は日本の“おくりびと”が外国語映画賞を受賞しましたが、今年はアルゼンチン映画“瞳の奥の秘密(El secreto de sus ojos)”
<ファン・ホセ・カンパネラ監督>が受賞しました。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100308-00000079-flix-movi
この映画、昨年の12月に東京のスペイン映画祭でも1回上映されていたようですが、是非今年も全国の映画館で長い期間上映されるといいですね。 話の内容は、
現在と1974年に起きた事件をオーバーラップさせながらの展開。 長年勤めた刑事裁判所を退職したベンハミンは、担当したある1974年の強姦殺人事件が気になっていた。そして仕事を引退した後、この事件について本を書いていた。ベンハミンは当時、同僚にも恋をしていて、その後日談もこの映画の重要な要素になっているというサスペンス作品。
また、1970年代の軍事政権時代の闇を絡めた内容になっているそうです。 


アルゼンチンの歴史というのは、私達日本人には、ほとんど馴染みがないですよね。 劇団四季が「エヴィータ」というミュージカルをやっていたりするので、元大統領夫人のエヴィータのことは少し有名かもしれません。フォークランド紛争のことが新聞やニュースになっていたり、2002年にはアルゼンチンの国債は紙切れになってしまったことなどぐらいは知られていますが・・・。 アルゼンチンの軍事独裁政権は1976年から1982年まで続いたそうで、この間政治犯として捕まった人々の大多数は裁判を経ずに行方不明者となってしまったのだそうです・・・。 こ、っ怖い~。 1978年は、アルゼンチンでサッカーのワールドカップが開催されて、アルゼンチンが優勝していますが、この時海外からワールドカップを見ようと訪れた観光客の観察によって、軍事政権による人権侵害が国際社会の明るみに出ることにもなったそうです。 アルゼンチンにこのような暗い時代が2度と来ないことを願います。 
そうだ、最近アルゼンチンに関するニュースで1つ危惧していることがあります。 アルゼンチンの南端近くに、現在イギリス領のフォークランド諸島があります。(アルゼンチン名はマルビナス諸島) 有名なフォークランド紛争があった所です。そこで、2月末ごろから英企業が油田探査を始めて、アルゼンチンが国連に調停要請をしたというのです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100226-00000062-san-int
石油をめぐって、また戦争をすることがないように願うばかりです。

と、せっかくアルゼンチンの映画がアカデミー賞をとったおめでたい日に、怖い話をしてしまいましたが、素直にアルゼンチン映画の発展を喜びたいと思います。
追伸: 皆さん“アバター”をご覧になりましたか? 私は見ていませんが・・・。 是非見たいと思っています。 結局アカデミー賞は“アバター”のジェームズ・キャメロン監督の元妻のキャスリン・ビグロー監督の“ハート・ロッカー”が作品賞と監督賞を受賞しました。 重要部門の受賞に関しては、この2作品が有望視され、さらに元夫婦対決みたいな感じでクローズアップされていました。 夫婦共々監督という家庭もあまりないでしょうが、どちらかが監督でどちらかが俳優です・・というご夫婦の方が家庭は上手くいくのでしょうか?