2009年7月27日月曜日

ピラニア


普段忘れている自然の怖さ

“肉食魚として有名なピラニアの祖先種(学名:メガピラニア・パラネンシス)の化石がアルゼンチンで発見された。1000万年~800万年前の南アメリカに生息していたと考えられる。現生種は体長15~60センチほどだが、発見された化石の個体はなんと1メートルもあったと推定される。” という記事を見つけました。
http://news.biglobe.ne.jp/animal/592/geo_090629_5925798818.html

私がアルゼンチンに興味を持ったのは、もともとアルゼンチン・タンゴに興味を持ったからです。 そしてタンゴやブエノスアイレスは、私たちに都会のイメージを与えますが、この国の国土は280万平方kmもあり(ちなみに日本は38万平方km)、ブエノスアイレスやコルドバなどの数都市以外は、広大で自然豊かな土地の広がる国だということを忘れてしまいがちです。 もちろんそれは、アルゼンチンに限った話ではなくて、日本の東京は摩天楼の聳え立つ大都会ですが、日本の国土の中には田園風景広がるのどかなところもたくさんあるわけですし、例えばフランスといえばパリのことをまず思い浮かべますが、パリから1時間も電車にのれば、牛が牧草を食べていたり、ぶどう畑が広がっているわけです。私たちは都会に住んでいると、自分が自然の一部であることや、自然の中で生きていること、そして大きな自然の前で自分達がいかにちっぽけな存在であるかということを忘れがちだと思うのです。 でも、先日の皆既日食の映像や、山口県の豪雨災害のニュースを見て、自然って凄いと改めて感じました。
何でこんな話を書いているかというと、実はたぶん私が初めて自然って怖いと思った体験はピラニアなんです。 私が小さかった頃、実は父親が家で大きな水槽に2匹ピラニアを飼っていたんです。(凄い物好きなヘンな家でしょう・・・。) 両親から、絶対に水槽の中に手を入れてはいけないし、入れたら大変なことになると、相当脅されていました。 父は会社から帰宅すると、お肉とかお魚を(もしかしてピラちゃん達って私たちより良いもの食べていたのではないかしら・・・)糸につるして餌を与えていました。 もちろんおチビだった私は、ピラニア達の豪快な食べっぷりを見るのが大好きでした。 そんなある日、父が急に出張で、その晩家に帰ってきませんでした。 ピラニアに餌をやるのは父の仕事だったので、その日、母も姉も私もすっかりピラニアに餌をあげることを忘れていました。 す、すると翌日、一匹のピラニアがお腹を食いちぎられてプカプカと水槽の上に浮いているではないですか!! そして、その横を平然ともう1匹が泳いでいるのです。 トモ食いです!  おチビの私には、一体何が起こったのか全く理解できず、母に矢継ぎ早に質問をして、状況を把握し、何だか子供ながらに言葉にならない空しさと悲しさの入り混じった気持ちになりました。これが私が初めて体験した自然の厳しさです。 
皆さんが自然の恐ろしさを感じた初体験って、どんなものでしたか? 

2009年7月21日火曜日

7月20日 


“海の日”は“友達の日”

昨日7月20日を、皆さんはいかがお過ごしでしたか? “海の日”にピッタリな暑い日でしたね~。 私は、ミロンガというアルゼンチン・タンゴのパーティーに行って、踊って、汗かいて、最終的には塩分がカラダから出て行ってしまったと言っては友人と連れ立ってラーメンを食べて1日を終了いたしました(ダイエットに反する行為!)。 
そしてアルゼンチンでは、7月20日は“友達の日”といって、Feliz Día del Amigo!(フェリース ディア デル アミゴ 友達の日、おめでとう)と挨拶するようです。 この日の由来は、アルゼンチンのエンリケ・フェブラロという学校の先生が、1969年7月20日に人間が始めて月に降りた記念に、1000通の手紙を世界中に送って、700通の返事をもらったのがきっかけだそうです。 どんなお手紙を送って、どんなお返事が来たんでしょうね? 1969年といえば、今のようにメールが発達していない時代で、手紙を書くことがもっと身近だったのでしょう。 私が小さかった頃(相当昔ですが・・・)、この次期、私は暑中見舞いを書き、母はお中元のお礼の手紙を書いていたと思います。 今では私は暑中見舞いを書くこともなく、母はお中元をいただいても大概電話でお礼を済ませています。 世の中どんどん簡略化されていくわけですが、でも本当は手紙ってステキですよね。
フランスに留学(イヤ、遊学か~)していた時に、両親からもらった手紙にはとても感動しました。 別に近況報告ぐらいで、後は“カラダを大切にしなさい”ぐらいのことしか書いてありませんでしたが、なぜか涙が出てきて、自分でも嬉しいのか悲しいのか分からないけど泣いてましたね~。  あと、友達が旅先から送ってくれる葉書もとても嬉しいです。 だから、自分も旅行に行った時には葉書ぐらい書けば良いのですが、だいたい葉書を買うまではするのですが、書かないで持って帰ってくるケースが多々あります。 そんな私ですが、アルゼンチンに行った時には10人ぐらいに絵葉書を送ったのですが、どうやら誰にも届かなかったようなんです。 失敗したのは、ホテルの人に頼んだことです! ホテルの人に、“葉書出しておいてください”と言ってお金を渡したのですが、きっとそのお金はチップとして、その人のポケットに入り、私の絵葉書はゴミ箱に入ったに違いありません!! アルゼンチンでは、どこらヘンまで人を信用できるのか、今ひとつそのレベルがまだつかめません。 こうした失敗を重ねて、経験値から推し測るしかないのでしょうか?? ま~、これからなるべく多くのアルゼンチン人の友人をつくり、イロイロ直接伺って、日頃の小さな疑問を解決していきたいと思います。

2009年7月17日金曜日

リベルタドーレス・カップ アルゼンチンのエストゥディアンテス優勝


ベロン選手 おめでとう!

昨日、(現地時間で7月15日)、サッカー南米1位のクラブチームを決めるリベルタドーレス・カップで、アルゼンチンのエストゥディアンテスがブラジルのクルゼイロに勝って優勝しました。(ちなみに、ヨーロッパの優勝クラブチームは今年は5月にバルセロナがマンチェスター・ユナイテッドに勝って、優勝を決めています。)
クルゼイロの監督や選手は日本のJリーグで活躍した方々もいたので、日本ではどちらかといえばブラジルを応援していた人が多いのではないかと思います。クルゼイロの応援をしていた皆さん、残念でしたね~。(悔しさは充分お察しします。) 今年から、どうやらTOYOTAカップは日本でやらなくなったみたいで(UAEで開催)、ちょっとつまらないな~と思ったのですが、とはいえ昨日はもちろんエストゥディアンテスを応援していましたよ。 解説者の人が注目してたのは、エストゥディアンテスのキャプテンのベロン選手のことです。 ベロン選手は長年イタリアで活躍していた選手なので、私にはお馴染みの選手ですが、何でもベロン選手のお父さんも、エストゥディアンテスで大活躍した名選手で、39年前にエストゥディアンテスがリベルタドーレス杯を3連覇もした時の立役者なのだそうです。 親子揃ってエストゥディアンテスのユニフォームを着て、リベルタのカップを手にすることが出来るのか・・・、ということが注目されていました。 ベロン選手は現在34歳ですが、ヨーロッパで活躍したというこもあり、もちろん選手としての世界的な知名度や稼いだ金額ではお父さんをはるかに上回っていましたが、アルゼンチンの人達にしてみれば、未だにあの偉大なラモン・ベロンの息子のファン・セバスティアン・ベロンという扱いなのだそうです。 今回こうしてリベルタ杯を獲得したことにより、やっと父と肩を並べることが出来た・・・ということになのです。 それぐらい、リベルタドーレスは南米のサッカーファンにとって、重要な試合です。 
試合は、7月8日にアルゼンチンで1回戦が行われ、その時は0対0でした。 エストゥディアンテスは、かなり良くせめていましたが、クルゼイロのゴールキーパーのスーパーセーブによって、3点ぐらい枠内のシュートを阻まれていました。 昨日の2回戦は、ブラジルで行われるということもあり、また、私はそのゴールキーパーのスーパー・セーブのことを考えて、エストゥディアンテス不利だと思っていましたし、まずはクルゼイロが1点を先に入れたので、これはクルゼイロが勝つのかな~と思っていましたが、結局1対2でエストゥディアンテスが勝ったのです。 素晴らしい見ごたえのある試合でした。
私がサッカーを観るのが好きな理由は、もちろん試合の中で、選手が見せる素晴らしい技や、ゴールが生まれる時の人の動きとかの美しさなどがあげられますが、それ以外にも、選手達の各々の様々なドラマを知ることにもあります。 例えば今回のベロン親子の物語とか・・・。 有名な話で言えば、イギリスのベッカム選手は、イギリスのアイドル的なサッカー選手だったのに、1998年のワールドカップ・フランス大会のイギリス対アルゼンチン戦で一発レッドで退場し、そのせいでイギリスがその試合に負けたと、アイドルから一瞬にして国辱扱いになってしまいました。 しかし、その後のご本人の努力によって、誰もが知る世界的なスーパースターになりました。 
個人的に、私にとって最も嬉しかったエピソードは、2002年の日韓共催ワールドカップの時に、私の誕生日の日に、イタリアのデル・ピエーロ選手がゴールをあげたことです。 一般的にこのゴールは、その前の年に亡くなったデル・ピエーロのお父様に彼が捧げたゴールだと言われていますが、私は勝手にあのゴールはデル・ピエーロが私にプレゼントをしてくれたと信じています。 
皆さんも自分の好きなスポーツの観戦で、選手や監督から、元気、勇気、力をもらったり、感動したりしたことがあると思います。 どんなエピソードがありますか? 

2009年7月14日火曜日

第一回フィエスタ・アルヘンティーナ2009 in お台場

毎年開催されたらいいですね!

7月11日(土)と12日(日)に、お台場のアクアシティーというところで、“第一回フィエスタ・アルヘンティーナ2009 in お台場”というイヴェントが開催されて、日曜日に行ってきました。
結構大勢の方がいらっしゃっていましたし、在日アルゼンチン人と思われる方々も多く、楽しい雰囲気でした。
私がイヴェント場所に到着したのは、3時少し前ぐらいでしたが、その時はアルゼンチンに関するクイズ・コーナーをやっていました。 どんなクイズが出題されていたかというと、例えば、
Q: アルゼンチンの首都のブエノスアイレス市と姉妹都市になっている日本の都市は?
A: 大阪市
Q: マラドーナも選手時代に在籍していた、アルゼンチンで最も有名なサッカークラブチームは?
A: ボカ・ジュニアーズ
Q: アルゼンチン・タンゴの演奏にかかせない、独特な楽器の名前は?
A: バンドネオン
Q: バンドネオン奏者であなたが好きな有名な人を1人あげてください。
A: アストール・ピアソラ
などなど。 正解した人には、キャンディーがプレゼントされていました。 私は大概の質問には答えられそうでしたが、1つ知らなかったことがありました。 その質問は、
Q: アルゼンチンは移民の多い国ですが、どこの国からの移民が最も多いでしょうか?
A: イタリア
エーッ?! スペイン出身者よりもイタリア出身者の方が人数は多いんだ。 なのに公用語はスペイン語なのね~。 と何だかわからないけれど、感心しました・・・。
クイズ・コーナーが終わると、写真のフォルクローレのダンスが始まりました。 フォルクローレを踊ったことがないから、難しいかどうか本当のところは判りませんでしたが、日本でいう盆踊りみたいな(つまりは、アルゼンチンのフォークダンスなんでしょう。)とっつき安いダンスなのかな~。大人から子供まで楽しめそうな踊りでした。 ただ、昨日も気温が暑かったので、踊っている方々の衣装が暑そうに見えました。 タンゴの衣装を見慣れているせいか、(もちろん、ブラジルのサンバの衣装が一番薄着だと思います。)フォルクローレって、お祭りなんかだといつもあの衣装を着て踊るのかな~とか思いながら見ていました。 それから、フォルクローレの一種なのか、“マランボ”という踊りも見ました。 男性一人が、アルゼンチン版タップダンスを踊っていましたが、こちらはかなり高度なテクニックが必要そうでした。
しばらくすると、今度は、先月コンサートに行ったオルケスタ・アウロラのメンバーが、タンゴを生演奏し始めました。 タダで彼らの演奏が楽しめるなんて、これはラッキーだなーと思っていると、在日アルゼンチン人のタンゴダンサー(講師)の方々が次々に踊りだし、これも楽しめました。(といっても、人が多くて、よく見えないから、結局知り合いと喋りこんでいましたが・・・。)予定では16:30から抽選会とアルゼンチン大使のご挨拶となっていましたが、17:00ぐらいになっても、始まりそうになかったので、帰ってきてしまいました。 会場では、こうしたデモンストレーション以外に、アルゼンチンのワイン、マテ茶、お菓子、雑貨なども販売していました。 私の知り合いは、昼間なのにワインを4杯も飲んでいて、普段はそんなにオシャベリな方でもないと思うのですが、とっても楽しそうに去年自分がアルゼンチンに行ったときの話しをしてくれました。(実は、彼の話の内容より、陽気になっちゃっている彼の姿を見ている方が面白かったりして・・・。)
で、私がその中で目をつけたのは、オーガニックのオリーブオイルです。 近いうちに、美味しかったかどうか、ご報告したいと思います。 (アルゼンチンの土壌はミネラル豊富だから、ワインにしろ、他の作物にしろ、味が濃いという話なので・・・。)

2009年7月9日木曜日

7月9日 (9 de Julio)


アルゼンチンの独立記念日

本日7月9日は、アルゼンチンの独立記念日です。 在日アルゼンチン大使館にお勤めの方はお休みですね~。
まずは、写真の大きな通りをご覧ください。 これはブエノスアイレス市の中心を通るAvenida 9 de Julio (7月9日大通り とでも訳すかね)! 世界一大きな通りだそうです。
アルゼンチン大使館のサイトの説明では、
7月9日通り (Avenida 9 de julio)大統領府と国会議事堂を結ぶ五月通りと交差して市の中心を走る大通り。南北4km、最大幅約140m、16車線の規模を誇る。アルゼンチン人曰く、世界で一番幅の広い道路であり、1回の青信号で渡り切るのは難しい。その名はアルゼンチンが独立を果たした1816年7月9日に由来する。同通りができる以前、この一帯にはフランス様式の家々が立ち並んでいたが、1936年、この通りを作るためそれらは全て取り壊された。唯一フランス大使館のみが取り壊しを免れ、7月9日通りがリベルタドール通りに合流する部分に今でも美しくそびえ立っている。
とのこと。
私が昔誰からか聞いたか、あるいは何かの資料で読んだかした時には、この通りはパリのシャンゼリゼ通りをイメージして作られて、オベリスクもパリのコンコルド広場のオベリスクを真似たものだ・・・とのことでした(でもシャンゼリゼ通りはせいぜい4車線4車線計8車線ぐらいじゃない?)。 ブエノスアイレスは、“南米のパリ”と呼ばれるそうですし、実際に街を作る時に建築家達はパリに似せて作ったといいます。(ガセネタではないことを祈る・・・。)移民の国だから、もちろんフランスからの移民の人もたくさんいらっしゃるのでしょうが、国民の大半は、もともとスペインかイタリアのご出身みたいなのに、何でローマ風な街づくりとか、マドリードっぽいとかバルセロナ的な街づくりにしなかったんでしょうか? 不思議です。 ま、それはいいとしても、この通り、メチャ広い。 説明文にも書いてあるけど、一回の青信号で渡りきるのは難しいと・・・。
そこで、タンゴの先生のリカルド先生に1回で渡りきれるのか現地の方々の対処方法を聞いたら、このテンポで歩けば大丈夫といって“1、2、3、4・・・”とカウントしてくれましたが、かなり早いテンポで、これではオシャベリしながら楽しく歩くのは難しそうな感じでした。 これからAvenida 9 de Julio を渡る可能性のある人、気合をいれてれ横断しましょう。
あと9 de Julioといえば、タンゴの曲もあります。
まずは、前のブログで少しお話したファン・ダリエンソ楽団の演奏をY-tubeでお楽しみください。
http://www.youtube.com/watch?v=8pS_qbG_tWU
いやー、タンゴ全盛期の迫力ある演奏ですね。 そしてバンドネオン奏者が5人も!!
その5人の中の左から2番目の、大きな目をギョロギョロさせてバンドネオンを自由にあやつっている方が、先日訃報をお伝えしたカルロス・ラサリ マエストロで、もちろん凄いアクションで指揮をしているのが、ファン・ダリエンソ マエストロです。 こんな演奏、生で聴けたらいいですね。 “ヨッ!ブラボー!!”と拍手拍手(ヨッ!はいらないけど、日本人だから思わず言っちゃいそうじゃない?!)。
曲の話に戻りますが、この曲には歌詞もついていたようです。 タンゴ名曲事典(アッ、この本も先日お亡くなりになった石川浩司先生が編集している!)の解説によると、作曲したのはホセ・ルイス・パドゥラで1908年に自ら初演しているそうです。 曲はかなり売れて、1919年にはパドゥラさんが知らないところで、勝手に暗黒街のことを歌ったスラング混じりの歌詞がついちゃったそうです。 で、1925年になって、アルゼンチン独立記念日にちなんだ愛国的な歌詞がついたんだけど、失敗に終わったんだそうです。 1931年になると、リト・パジャルドが、遠い昔の7月9日に愛を失った・・という内容のセンティメンタルな歌詞をつけ、まあまあ成功したようです。 でも、今ではほとんど歌われることはありません。 この曲の雰囲気で、昔の失恋を歌ったセンチメンタルな歌詞って・・・???  実は今年の2月からタンゴの歌も習っているんですが、ステキな曲だな~と思っても、歌詞の内容は失恋ばかし・・・なんですよー。 それもいいけどねー、誰かメチャクチャハッピーな内容のタンゴの歌を見つけたという方は、是非ご一報ください~。 それとも、私もパドゥラさんに無断で(だって断るにも本人たぶんご存命じゃないでしょ)、9 de julioの曲に楽しい歌詞とかつけちゃおうかな~、日本語で!!

2009年7月7日火曜日

新型、 咳をした時のエチケット!


昨日、アルゼンチンではインフルエンザが猛威をふるっているとお伝えし、その中で咳をした時の口の押さえ方がアルゼンチンと日本じゃ違う~と書いていましたよね。  間違えました、違うのは私でした。 ごめんなさい。

“アルゼンチンのことなら -アルゼンチンニュース”の筆者(昨日のブログでアドレス掲載済)のTOMOKOさんから、私の勘違いについて、訂正メールをいただきました。    そのメールによると、
“アルゼンチンでも今までこうやった人はいませんでしたが、今回の新型インフルエンザのために学校で習ったのです。 咳エチケットを日本でも広報しているようですよ。”
とのこと!  写真の子供達がやっている咳をした時のお口の押さえ方は、最新、つまりはモードなやり方なんです!! 別にアルゼンチン式ではないのだそうです。そしてTOMOKOさん曰く、それは日本でも広報されていたようなんですが、知っていました? 今からでも遅くありません。 もし今後咳がでるようなことがあったら、最先端なやり方で口を押さえましょう。 また、周囲の人にも教えてあげましょう。
ところで、この写真は、私にイロイロと教えてくれているTOMOKOさんが撮った写真で、アルゼンチンのlanacion.comにも紹介されています。
http://soycorresponsal.lanacion.com.ar/Nota.aspx?IdNota=4294
そして、TOMOKOさんは記事の日本語訳も送ってくれました。
皆様ご存知のとおり、強制的にブエノスアイレスの子供たちは冬休みに入りました。   どの教室にも衛生キットが用意され、子供たちは流行病の中、正しく咳をすることを 学びました。
さあ、咳をしなければならないとき、どうするべきですか?聞いてみてください。
ブエノスアイレスの非常保健事態宣言後、情報を得た先生に習った三年生の子供たちが学習の成果を見せてくれました。中には本当に咳をしている感じで演じてくれる子もいますよ。本当に誰も病気で苦しむことのないように、そして、8月にその笑顔をまた見せてくださいね。  神様、仏様、どんな方でもこの子たちを守ってくれるのなら、祈ります。
(アルゼンチン ラ ナシオン新聞 市民の声 欄 TOMOKOAR)
この記事をlanacion.comで是非ご覧いただき、VOTARと書いてあるグッドマーク(投票)をクリックしましょ~う。

そして、TOMOKOさんは、もう一つブログを書いていらっしゃるそうで、そちらのアドレスは、「主観的アルゼンチンブエノスアイレ事情」というタイトルで、
http://blog.livedoor.jp/tomokoar
です。 こちらも是非ご覧ください。
イヤ~、それにしても今回TOMOKOさんのお陰で、アルゼンチンのライブな情報をそれも結構詳しく知ることができて、とても嬉しく思い、彼女に感謝の気持ちで一杯です。 TOMOKOさん、ありがとうございます。 TOMOKOさんは、1991年からブエノスアイレスにお住まいで、ライター、日本語教師、スペイン語通訳、翻訳、テレビ撮影コーディネーターなど様々なお仕事をこなし、日本へ向けてアルゼンチンをはじめラテンアメリカの情報発信がライフワークなのだそうです。 カッコイイですね。
私もこれからTOMOKOさんにイロイロなことを教わって、知識を深めていきたいと思います。 

TOMOKO さん、 Muchisimas Gracias !!

2009年7月6日月曜日

エッ?! いつの間にそんなに~?!


学校もお休み。 マスクつけた方がいいんじゃない?

先日、結婚して姫路(兵庫県)に住んでいる友人からメールをもらいました。 それによると、関西の方は豚インフルエンザの感染者が出た際に、子供の学校が1週間お休みになった分夏休みが1週間今年は減っちゃったと書いてありました。 そっか~、今年はそんなこと言って騒いでいた時期もあったな~、なんて思って、そういえばアルゼンチンはどうなっているんだろうかと思い、調べてみたら・・・。
エッ?! エライことになっているではないですか!!
私が拝見している、ブエノスアイレスにお住まいの方のブログでは、“現在、感染者数2409名、死亡者55名(7月4日保健省発表)ですが、本日また一名残念ながらなくなりました。”と書いてありました。 
http://aruzenchin.exblog.jp/i3/
掲載した写真では、街の人はマスクをつけているけれど、昨日東京で開催された“第六回タンゴダンス世界選手権アジア大会”でお会いした方によれば、“そんなマスクなんかつけている人はいない。”というのです・・・。 本当かな~。 大丈夫~?
これ以上被害が拡大しないことを祈ります。

ところで、ご紹介したブログの写真で、子供達が咳をする時の写真、面白いと思いませんか? 咳をする時、私たちは手を口にあてますよね。 そうだよね~?
アルゼンチンの方々は咳をするときは腕を口にあてるみたいです。 で、思ったんですけど、アルゼンチン方式の方が良い気がしてきました。 なぜなら、手っていろんなところ触るからばい菌が付きやすいと言うではないですか。 だからインフルエンザが流行る次期に、手をよく洗いなさいと言われるわけですよね。 腕ってそんなにいろんなところに接触しないし、着ている服がきれいに洗ってあれば、手よりも清潔なんじゃないでしょうか? 咳をする際に手を添えるのは、ばい菌をばら撒かない為なんでしょうけど、自分の手にばい菌があったら、それを口元にもっていくと、手のばい菌を吸ってしまう可能性があるということになるから、やっぱアルゼンチン方式はナイスなんじゃない。

でも、とにかく清潔なマスクをするのが一番かな。 使い捨てマスクって、エコではないかもしれないけど、こういう時はしょうがないよね。