2009年10月15日木曜日

やった~!!


2010年サッカーワールドカップ、南米予選最終戦

現地時間10月14日(水)に、来年南アフリカで開催されるサッカー・ワールドカップへの南米代表、最後の参加国の権利を争って、現在順位が4位のアルゼンチンと5位のウルグアイが図らずも直接対決をしました。 南米予選で上位4位までの国は、ワールドカップに行けて、5位の国は北中米予選で5位の国とプレーオフを戦い勝った方が来年の出場国になります。
試合は、ウルグアイの首都モンテヴィデオの“エスタディオ・センテナリオ”で開催されたのですが、まず試合の前の両国の国歌が流れる場面で、アルゼンチン国歌はウルグアイの観客の凄いブーイングで最初は殆どかき消されていました。 試合が始まり、“最初は両者とも慎重な出だしで・・・”なんてことはもちろんありません!! 始めからガチンコ勝負でパスがスムースに繋がる場面などほとんどありませんでした。 前半10分以内にアルゼンチンのエインセ選手(確か左サイドバック)はイエローカードをいきなりもらっていました。ボールを持っている選手に対して、もちろん相手のチームの選手は足を出しボールを取りに行っていましたが、主審が笛を吹いた後も、チョット腕で押したり、わざとじゃないふりしてわざと脚を引っ掛けたり、ボールがないところでも選手はポジション取りで相当やりあっていました。審判はパラグアイのベテランの方だったそうですが、こんな試合で審判をするのって、大変でしょうね~。 若い選手達はほとんど命懸けで頑張っていますし・・・。 後半に入ると、ガチンコ勝負に変わりはないにしても、両者ゴール近くにまで行ける回数が増えてきました。 両者一歩も引かない状態で、試合時間は80分まで来ました。 ここで、アルゼンチンの選手がサイドをドリブルで抜けていこうとした時、ウルグアイのマルティン・カサレス選手が思わず反則。 とても悪意があるようなファールには見えませんでしたが、ファールはファール! 自分でも“アッ!やっちゃった!!”と思ったのか、ユニフォームで顔を覆ってしまいました。 私はアルゼンチンを応援していましたが、この時ばかりはチョット可哀相だと思っちゃいました。 だって・・・、マルティン・カサレス選手は、普段はイタリアのユヴェントス、そうです、私が応援しているチームの選手だし、それにこの試合の前半からカサレス選手は相当アルゼンチンの選手達から引っ張られて、ユニフォームの腕の部分が千切れていたんです・・・。 で、このファールによって、カサレス選手は2枚目のイエローカードで退場、フリーキックを得たアルゼンチンがその好機を活かしてボラッティ選手のゴールで1点を入れて、そのまま逃げ切り、試合はアルゼンチンの勝利に終わりました。 ということで、来年のワールドカップにアルゼンチンは出場が決まりました。 おめでとうございます!!!

ところで、サッカーのワールドカップが始まったのは1930年で、第一回開催国はウルグアイで、そしてその第一回目の優勝国もウルグアイなのだそうです。 今回試合をした、スタジオ、”Estadio Centenario”はウルグアイの建国100周年を記念して造られたのだそうでが、(Centenarioはスペイン語100周年という意味だそうです。 つまりは”100周年スタジオ”) その1930年にエスタディオ・センテナリオで行われた決勝戦も、ウルグアイ対アルゼンチンだったそうです。 またこの両者の試合のことを、ラプラタ・ダービーとも言うようです。 なぜならこの両国は、ラプラタ河を国境線にしているようなものだから・・・。 来年でサッカーワールドカップの歴史は80年を迎えるわけですが、その中で日本が登場するのは、ここ十数年なんですね・・・。 アルゼンチンやウルグアイのサッカーファンにしてみたら、日本はまだまだヒヨッコみたいなもんかもしれませんね~。

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