2009年3月31日火曜日

それでも、浅田真央ちゃんはガルデル?!


また、来シーズンに向けて頑張って!!

この週末、家で友人と一緒にフィギュアスケートの世界選手権をテレビ観戦しました。
(フィギュアスケートは、友達と見たほうが絶対楽しいと思う・・・。自分は全く何も出来ないくせに・・・、相当イロイロなコメントが出ます。)
そして、私の予定としては、今日はもちろん真央ちゃんへのオメデトウのコメントをするつもりでしたが・・・、残念でした。 

それにしても、キム・ヨナちゃんは、凄かった。あの、サンサーンスの“死の舞踏”は彼女にピッタリの曲で、歴史に残る名演技でした。 圧巻です。 この大会で、フィギュアスケートはシーズンを終えて、いよいよ来シーズンは冬季オリンピックがやってきます。 荒川静香さんがゴールド・メダルをとったトリノのオリンピックから既に3年がたったということですね。
それはそうと、今日は我らが真央ちゃんは、今シーズンのエキジビション曲として選んだ、カルロス・ガルデルの名曲“Por una Cabeza(首の差で)” + フリアン・プラザの”Payadora (吟遊詩人)“のタンゴにのって、ステキな滑りを披露しました。 フィギュアスケートってエキジビションも楽しいと思いませんか?!
ところで、ここのところ、フィギュアスケートの曲にアルゼンチン・タンゴの曲が多く使われています。 例えば、男子2位のパトリック・チャンのショート・プログラムの曲は、Tango de los Exiladosという曲で(知らない曲だったけど)、4位のトマス・ヴェルネルのフリー・プログラムの曲はピアソラ3曲とラ・クンパルシータを組み込んだ曲でした。
最終的には15位になってしまったヨーロッパ女王カロリーナ・コストナーもフリーでMujer Sola+Canaro en Parisを使っていました。 また、私が気になっているのは、去年の世界大会で1位になりながら引退してしまったジェフリー・バトルはピアソラのAdios Noninoを、その前の世界大会で優勝していたのにこれまた引退してしまったステファン・ランビエールもピアソラのOtono Portenoを去年フリーの曲に選んでいました。(2人の名選手がピアソラの名曲を最後に引退って・・・)

そうそう、私は荒川静香さんが金メダルを取ったその日に、アルゼンチン旅行に出かけたんでしたわ・・・。 12日ぐらいの旅行でしたが、色々な発見のあった良い旅でした~。
それで、現地のガイドさんから教わったことですが、ブエノス・アイレスでは、“あなたは天才だね~!”という時に“あなたはガルデルだ!!”と言うそうです。 ということで、
浅田真央ちゃん、あなたはガルデルだ!!   だから、来期も頑張って~!!!   オレッー!

2009年3月25日水曜日

リオネル・メッシ (Lionel MESSI)


人間至る処に青山あり

私は本当はサッカーに関しては、カルチョの国、イタリア派なんです。 もう少し詳しく言えば“ユヴェントス”のファン(ユヴェンティーナ)。そして、アレッサンドロ・デルピエロのデビュー当時からのファンで、ペンネームのデルクミはサッカー好きの友人がつけてくれたあだ名なんです。 そして、先々週開催された欧州チャンピオンズリーグで、ユヴェントスは惜しくもイングランドのチェルシーに負けてしまいました。 もちろん、とってもガックリしたけれど、その週のイタリア国内のリーグ戦で、ユヴェントスの応援団は“気を落とさずに、最後まで戦い抜こう!”という横断幕をかかげました。そのファンの応援に応えるべく、アレックスは2点ゴールを決め、試合最後にピッチを一周してファンに挨拶していました。 だから、私も気持ちを切り替えて(?)、欧州チャンピオンズリーグに勝ち残った8チームの中から、次に応援するチームを決めました。 (こんな大げさなこと言わなくても、毎年ユーヴェが負けたら、じゃあ次は・・・と次に応援するチームをさっさと探してるんだけど・・・。だってそうしないと、楽しみが減っちゃうでしょ。)

そのチームは、バルセロナ! ちょど、1月31日にWOWWOWで放映された“探求者たち QUEST”という番組でリオネル・メッシ特集を見て、いたく感動したし・・・。
リオネル・メッシは、現在、スペインのバルセロナFCに所属し、背番号10番を任される(サッカーで10番はエース番号)若干21歳のアルゼンチン出身(アルゼンチン第3の都市ロサリオ出身)の選手です。 11歳の時に成長ホルモンの異常が見つかり(11歳の時に8歳ぐらいの子供の身長だったそうな・・・)、自分の病気の治療費を払ってくれるというバルセロナFCの入団テストに13歳で受かり、家族6人でアルゼンチンを後にスペインに移住します(今でもメッシ選手の身長は169cmと長身ではありません)。 でも、妹がスペインに馴染めず、家族はすぐにアルゼンチンに帰国(同じスペイン語圏なのに)。 13歳の少年は、単身バルセロに残る決心を自らの意思で選び、今日に至っているそうです。(今は、お父さんもお兄さんもスペインに暮らしている)2004年17歳の時にスペイン1部リーグにデビューして、いきなり初ゴール決め、19歳の時にはレアル・マドリードとの試合(通称クラシコ戦)でハット・トリック、別の試合ではマラドーナのようなドルブル5人抜きシュートも決めている・・・、まさしく“神に選ばれしサッカー選手”なのです!! マラドーナ(現アルゼンチン代表監督←こう書くことに何だか違和感)も“メッシがいつの日か、私を超えてくれることを望んでいる”と言わしめたそうです。 
バルセロナというチームの本拠地スタジアム“カンプノウ”は約10万人収容の大スタジアムで全世界に居るバルセロナ・ファンは約15万人。 昨シーズンのリーグ結果が3位で低迷したということで(別に降格になったわけでもないのに・・・)監督や10番のロナウジーニョはチームを去り、その後10番を任されたのが、リオネル・メッシという21歳の若者です。 そして、この若者はその重責を認め、引き受け、さらには楽しんでいるようにさえ見えます。 人生、皆、人其々ですが、人には生まれ持った使命や器というものがきっとあるのだろと痛感します。
13歳のメッシが故郷を後にする時に言った言葉は“乗るべき列車は一度しか乗らない”だそうです!! (同じチャンスは何度も来ないという意味。)
私はもちろん何度も乗るべきではない列車に何度も乗って、ワケ判んなくなって、引き返すことも出来ないぐらいですよ・・・。

ところでね、バルセロナ郊外にあるメッシの自宅映像で、やっぱり彼がアルゼンチン人なんだ~と言う証を見つけました。 それは・・・、“マテ茶”! 飲んでました!!
アルゼンチン人の簡単な見分け方: マテ茶が好きかどうか (結論)

P.S.: メッシ選手の日本語のブログがあります。 3月11日のブログによれば、本人もこの番組をDVDで観たと言っています。
http://ameblo.jp/leo-messi/entry-10221627293.html
このブログ、彼が日本人なんじゃないかと思うくらい、よく出来ています!!

2009年3月18日水曜日

el viaje a la cultura de BUENOS AIRES (栗本 斉 著)


恋愛睡眠のすすめ or 睡眠学習

寝る前にベットの中で、本や雑誌を読むのが好きですか? 私は大好きですが、すぐ眠くなってしまうし、殆ど毎晩のようにやるのに、翌日何を読んだか勉強したか殆ど覚えていません。 私が学生だった頃に睡眠学習と称して、寝る前にそのテープを聴いて寝ると、暗記学習に効果があるという話があり、実際に器具まで売っていたと思いますが、親には怖くておねだりできませんでした。(今にして思えば買ってもらわなくて良かった。) 

2-3年前に、ガエル・ガルシア・ベルナル主演のフランス映画“恋愛睡眠のすすめ”(ガエルのフランス語、相当スペイン語なまりでしたが、かなり上手でした。)という映画がありました。内容はハチャメチャでしたが、この映画の日本語タイトル“恋愛睡眠のすすめ - 夢ではどこまでも幸せ”がなぜか私の心をクスグリます。(いつも爆睡していて、夢なんかみていない、覚えていないくせに・・・)

それで、最近私のベッド・サイドで私のアルゼンチンへの夢を膨らませてくれている本をご紹介します。
ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖 el viaje a cultura de BUENOS AIRES (栗本 斉 著)です。 (http://www.tabi-rhythm.com/)
アルゼンチンとかブエノスアイレスの日本語ガイドブックってあまりありませんよね。
この本は、いわゆる一般的なガイドブックではありませんが、写真がとても綺麗で、今度ブエノスアイレスに行ったら、このお店に行ってみたい、このお店で、お肉たくさん食べたい、お茶したい・・・と、取らぬ狸の皮算用!!  あ~いつになったらまた、ブエノスアイレスに行けますかね??
ところで、旅行に行った時にどうしたら上手に写真が撮れるんだろう? やっぱ、センスの問題ですかね・・・。 プロのように何枚も写真を撮ると中には良い写真もあるのか?
そーいえば・・・、私と一緒に旅行に行ったばかりに、イタリア旅行の時の大事な写真が、顔とか半分切れになっちゃっていた○○。 その後一緒に旅行に行っていないね?! アレで懲りたのかな??? もう時効にしてもらえないかしら??

2009年3月15日日曜日

Shall we dance ?


2つのタンゴ 

明日の3月16日に、いつもお世話になっている、アルゼンチンタンゴ・ダンスのリカルド先生が、新宿歌舞伎町にある“ステレオ・ホール”でデモンストレーションをします。
http://plaza.rakuten.co.jp/tangorex/diary/200902270000/
ここは、社交ダンスの殿堂と呼ばれるところらしく、映画”Shall We Dance”の日本版の最後の場面に使われた場所だそうです。 皆は”Shall We Dance”は日本版もアメリカ版も見ましたか? 私はどちらかと言えば日本版が好きだな~(というか面白かった)。
ところで、私がアルゼンチン・タンゴを習っているというと、大概の人は“♪チャン・チャン・チャン・チャン、チャチャチャチャンチャン♪”と歌いながら、首をカクカクと動かし物真似するんだけど・・・。 この時の答えには少し困ります。 歌っている“チャン・チャンチャン・チャン”はアルゼンチン・タンゴの名曲“ラ・クンパルシータ”だけど、アルゼンチン・タンゴにはあのように首をカクカクっと動かす動作はなくて、あれは、社交ダンスの中のコンチネンタル・タンゴの動きです。 つまり、アルゼンチン・タンゴとコンチネンタル・タンゴという2つのタンゴがあり、この2つ、関わっている当人達(作曲家、演奏家、ダンサー、愛好家)にとっては、かなり違うものなのだけど、一般的には“似て非なるもの”あるいは同等に扱われます。

 
ま、ここで偉そうに語っている私も、その違いを知らなかったばかりに、相当間抜けなことしてます。
私がもともとアルゼンチン・タンゴに興味を持ったのは、1999年頃にテレビのCMで、世界的なチェリストのヨーヨー・マリベル・タンゴというピアソラの名曲を弾いているのを聴いて、“何だか心が掻き立てられる曲だ~”と思ったのが始まりで、その後、同じ年か2000年に“Forever Tango フォーエバー・タンゴ”というタンゴ・ショーを観て、感動したのでした。 ただ、ショーでダンスを観たけれど、まさか自分が実際にやってみようとはその時点では思わなかったんです。 ところが、人間って不思議なもので、当時私は都立大学という東横線の駅が最寄駅だったんだけど、ショーを見に行った数日後、駅の階段のところにあった、 “○○ダンス・スクール 初心者大歓迎  ワルツ、タンゴ、ルンバ・・・”
という広告が急に目に入ってきました。この階段をつまりはその広告の前を、それまで、何千回と上り下りしていても、何も気にしていなかったのに、その日は階段の途中で立ち止まって公告に見入ってしまいました。 “エーっ、こんな近所でタンゴを教えてくれるところがあるんだ~”と、思い立ったら吉日とばかり、さっそくダンス・スクールの門を叩きました。 そして“全く踊りの経験はないのですが、タンゴを習ってみたいんですが・・・”と単刀直入に受付の先生に話をしたところ、“そうですか。わかりました。 でも初心者の方は、いきなりタンゴではなくて、ブルースやジルバのような踊りから基本を勉強して、それからワルツやタンゴを習うようになりますが、いかがですか?”と言われ、“オー、成る程、そういうものなんだー!”と逆に納得し、レッスンを開始しました。
それから約1年半、毎週1回レッスンに熱心に通い、そしてある日、“今日から念願のタンゴをやってみましょう”と言われ、嬉しいというよりは、緊張しながらタンゴ・レッスンが始まりました~。 1回目のタンゴ・レッスンは緊張の中、あっという間に終わり、そして2回目。 “ウーン、何だか私が観たり聴いたりしたものとは、かなり違うぞ・・・”と思い、レッスンの後先生に、フォーエバータンゴの話などもしながら恐る恐る聞いてみると、先生の顔が急に苦笑いに変わり、“アレはアルゼンチン・タンゴで、まーチョット違うんですよ”と説明してもらいました。 ガーン、そうだったんだ! 違うのね!! 私の心の中の何かがしぼんでいくのがわかりましたよ・・・。 そうそう、当時は今みたいにインター・ネットが普及していなかったから、簡単に家で“タンゴ”とパソコンで検索して、色々と調べられなかったんですよ。 それにしても間抜けな話なんですが。 でも今にして思えば、社交ダンスも結構楽しかったかな~。 

2009年3月10日火曜日

3月~4月の眠れぬ日々


アチコチにいる、アルゼンチンのサッカー選手

花粉症の私は、夜中も鼻づまりやクシャミで3月~4月は眠れぬ日々が続きます。 
全くウットウシイ !!
しかし、私は別の意味でも寝ていられないんです。
日本ではスギ花粉がたくさん舞うこの時期、ヨーロッパでは欧州チャンピオンズリーグが、南米ではリベルタドーレス杯の本選が繰り広げられ、サッカー・ファンの私は、夜中のテレビ放映時間と録画したビデオと格闘しなくてはなりません。 
気合が入ります !!!

欧州チャンピオンズリーグというのは、ヨーロッパの中でその年一番強いクラブチームを決めるトーナメントで、リベルタドーレス杯はそれの南米版です。 そして、各々のトーナメントでチャンピオンになったチームが翌年のトヨタカップ(現在名称はFIFAクラブ・ワールドカップ)で激突して、世界No.1クラブチームを決めるのです。 

それで、欧州チャンピオンズリーグの方は、今日・明日の全8試合でベスト8が決まります。

ところで、この欧州チャンピオンズリーグ、今年はイタリア、スペイン、イギリスの強豪チームが勝ち残っていて、いわゆるダークホース的なチームは少ないのですが、サッカー大国である、アルゼンチンは、これら強豪国に一体何人ぐらい選手を輸出していると思います? 16チームの中で1チーム、ギリシャのパナシナイコスというチームのことは調べられませんでしたが、残りの15チームの中にアルゼンチン人の選手は34人もいました。1チームの登録選手を30人と仮定すると、8%はアルゼンチン人という計算になります。 ちなみにアルゼンチンにとっての永遠のライバル、ブラジル人選手は50人いて、11%という数字をはじき出しました! この数字は驚くべき数字です。 だって、スペイン人登録選手は57人(13%)、イタリア人は47人(10%)、イギリス人は30人(7%)ですから・・・。これで、私がリベルタドーレスに出場するチームの国籍を調べれば、必ずやブラジル人、アルゼンチン人の数字がさらに上がり・・・、 つまり、世界の強豪国の殆どは、ブラジル人とアルゼンチン人に牛耳られていると言っても過言ではありません。 (そんなこと、みんな知ってた??)
(ちなみに、日本人は0人、日本の永遠のライバル韓国の選手は1人、パク・チソン! 言う必要のないデータでした、すみません。 日本はせめて野球の方で頑張って欲しかった・・・。)

来年の南アフリカで開催される、FIFAワールドカップ、こういうデータからして、やっぱり優勝はブラジルか、それともアルゼンチンか? または、始めてスペインが勝つか、イタリアの2連勝か・・・、アフリカのチームが地の利を活かして勝つのか・・・、楽しみだ~。 
が、私はアルゼンチン・チームに対して懸念していることが2つあります。
これだけアルゼンチンの代表選手達は、アチコチ世界に散らばっているので、まず一緒に練習することは本当に短期間になり、チームワークが懸念されます。 そして、そのチーム・ワークを果たしてマラドーナ監督がまとめられるのか・・・!! 
これも楽しみなところですね~。 

2009年3月7日土曜日

は、はじめて見たぞ~!

ワールド・ベースボール・クラシック

本日3月7日(土)、ワールド・ベースボール・クラシックで日本が永遠のライバルである韓国にコールド・ゲーム(14対2)で勝ちました。 ヨ~シ、オメデトウ!!
夜のスポーツニュースは、この話題で盛り上がっていま~す。

それで、ある番組で、日本が今後勝ち上がっていった場合のライバル・チームとして、アメリカとキューバを紹介していたのですが、キューバの紹介の際に、“キューバでは野球は国技。 あのチェ・ゲバラも・・・”といって白い野球帽を被ってバットを持つゲバラさんの写真を一瞬写したんです。 オー、私はアルゼンチン人が野球をしているのを、始めて見ましたよ。 
(こんなことで、一々騒ぐ私もオカシイけど・・・。)
また、今、ネット検索で“チェ・ゲバラと野球”なんてブログ見つけちゃった。
http://dezakia.iza.ne.jp/blog/entry/943096

しかし、一般的にですよ、たぶん、アルゼンチン人で野球のルールを知っている人は国民の1割にも満たないのではないかと・・・。 いつか、アンケートとってみたいです。

2009年3月4日水曜日

映画 “チェ 28歳の革命”&“チェ 39歳別れの手紙”

チェ・ゲバラ を知っていますか ?

チェ・ゲバラの名前は聞いたことあるが、どんな人なのか知らない・・・という人は結構多いのではないかと思う・・・。 
私の場合は、

・10年前:時々、チェ・ゲバラの顔写真をプリントしたTシャツを着ている男子を見かけては、きっと南米のミック・ジャガーみたいなスターで、反戦運動の歌とか歌っている人なのかな~と勝手に想像。 (勝手な想像な割には、どうして南米とか、何かに反対している人なんだと思ったのでしょうか?? あながち、すごく間違ってない・・・。)

・5年前:モーターサイクル・ダイアリーズという、チェ・ゲバラが医大生だった時に、南米を友人と旅した時の話の映画のDVDを見て、始めて“エー、この人アルゼンチンの人なんだ~、それもお医者さんなの~!”とビックリした次第。 この映画にとても感動し、これ以降チェ・ゲバラという人に少し興味がわく。 ゲバラを演じた俳優ガエル・ガルシア・ベルナルのことも好きになる。

・ そして今年2009年、ベニチオ・デル・トロ演じるゲバラの映画、“チェ・28歳の革命”(パート1)と“チェ・39歳別れの手紙”(パート2)を観に行く。
この映画の感想といえば・・・、なかなかヘビーな見応えのある映画でした。 私は友人と一緒に観に行ったんですが、友達が一緒で良かったです。 特にパート2の方。 アレを1人で見た後に、ネオン輝く渋谷の雑踏を孤独に歩いて帰ったら、一種のパニック状態に陥っていたのではないかと・・・。 映画の帰りに友人と一緒にお茶を飲みながら、私達はいかに南米の国の出来事を知らないのか、映画の内容のこと、俳優のこと、後は各々の近況などの雑談をして、クールダウンをしてから家に帰れてよかったです。 映画は色々なことを考えさせてもらえる、良い映画でしたから、見ていない人にはオススメします。

ただ、私は、ある失敗をしました(告白)。 実はパート2を観に行く時に、翌朝食べる為のクロワッサンとチーズパンを買って行ったんです。 するとスクリーンでは、ゲバラ達が食べ物に困りながらゲリラ戦を続け、仲間が次々と亡くなっていくような、シリアスな場面が繰り広げられる中、私のカバンの中からはバターとチーズの素晴らしい香りがプ~ンと漂ってきたのです・・・。 その時は何だか凄い自責の念にかられて~、参った。(幸い映画館が空いていたので、私の周りには殆どお客さんがいなくて、他の人にはあまり迷惑をかけていなかったと思うのですけど・・・。)これからの教訓です。 シリアスな映画を観に行く前に、美味しそうな香りのする食べ物を買って行ってはいけません!!

ちなみに、このブログのご意見番リカルド先生(ご本人に許可なく命名)が言うには、アルゼンチン人はもちろんチェ・ゲバラのことは知っているけど、学校などでは勉強しないそうです。なぜならゲバラさん、当時のアルゼンチンの政府、ペロン政権に反対していたからで、そういった政治的な理由でアルゼンチン人だけれど、アルゼンチンでは一般的には英雄視されていないようです。 ナルホドネ・・・。

2009年3月1日日曜日

“おくりびと” 観ましたか?

100% Made in Japan ではありません

先週は、映画“おくりびと”がアメリカのアカデミー賞で外国作品賞をゲットしましたね。
めでたし、めでたし!!
私は去年、封切日にこの映画を見にいったんだ~(チョット懐かしい)。
“おくりびと”は、日本の美学に基いた、素晴らしい日本映画だと思います。 それにそもそも、納棺士というお仕事のことも全然知らなかったし・・・。 私はもともと日本の伝統に関して詳しくないけれど、時として非常に日本的なことや伝統的なことは、形式美が重要視され手間がかかることが多い為か、忙しい現代を合理的に生活しようとする我々には軽視されがちなのではないかと思います。(と、偉そうに自分の無知を正当化!) この映画、もちろん脚本家は日本人、監督も日本人、オール日本で撮影されていますが、100%日本人スタッフで作られていませんヨ。 一瞬、アルゼンチン人が出演しちょります。(2、3分)。 映画見た人は、“エーッ、どの場面で・・・?”と思うでしょうが・・・。 (実際、会社の社長にもそう言われたし・・・。) でも、もしこれから映画を観ようと思っている人は、そこにも注目してみて欲しいです。 (映画が始まって30分以内ぐらいまでに気がつかなければ、後はその事忘れてください。) 誰が出ているかのヒントは、コチラを参照。(もし興味があれば)
http://plaza.rakuten.co.jp/tangorex/diary/200806170000/
と、長々と文章を連ねましたが、結局私って、この映画に自分の友人が関わったということを自慢したかっただけなのかな??
そうそう、今、気が着いたんだけど、映画の主役の本木雅弘さん、モックンというと、私の頭の中で自動的に“スシ食いねエ~、スシ食いねエ~♪”というシブガキ隊の名曲(?)が流れます。
http://www.youtube.com/watch?v=_YbD3n5DxEg
だけど、本木雅弘というと、今では久石 譲さんの“おくりびと”の主題歌のチェロの音が聞こえてくるような気がするんですけど・・・。 人間って不思議だと思いませんか?