2009年3月25日水曜日

リオネル・メッシ (Lionel MESSI)


人間至る処に青山あり

私は本当はサッカーに関しては、カルチョの国、イタリア派なんです。 もう少し詳しく言えば“ユヴェントス”のファン(ユヴェンティーナ)。そして、アレッサンドロ・デルピエロのデビュー当時からのファンで、ペンネームのデルクミはサッカー好きの友人がつけてくれたあだ名なんです。 そして、先々週開催された欧州チャンピオンズリーグで、ユヴェントスは惜しくもイングランドのチェルシーに負けてしまいました。 もちろん、とってもガックリしたけれど、その週のイタリア国内のリーグ戦で、ユヴェントスの応援団は“気を落とさずに、最後まで戦い抜こう!”という横断幕をかかげました。そのファンの応援に応えるべく、アレックスは2点ゴールを決め、試合最後にピッチを一周してファンに挨拶していました。 だから、私も気持ちを切り替えて(?)、欧州チャンピオンズリーグに勝ち残った8チームの中から、次に応援するチームを決めました。 (こんな大げさなこと言わなくても、毎年ユーヴェが負けたら、じゃあ次は・・・と次に応援するチームをさっさと探してるんだけど・・・。だってそうしないと、楽しみが減っちゃうでしょ。)

そのチームは、バルセロナ! ちょど、1月31日にWOWWOWで放映された“探求者たち QUEST”という番組でリオネル・メッシ特集を見て、いたく感動したし・・・。
リオネル・メッシは、現在、スペインのバルセロナFCに所属し、背番号10番を任される(サッカーで10番はエース番号)若干21歳のアルゼンチン出身(アルゼンチン第3の都市ロサリオ出身)の選手です。 11歳の時に成長ホルモンの異常が見つかり(11歳の時に8歳ぐらいの子供の身長だったそうな・・・)、自分の病気の治療費を払ってくれるというバルセロナFCの入団テストに13歳で受かり、家族6人でアルゼンチンを後にスペインに移住します(今でもメッシ選手の身長は169cmと長身ではありません)。 でも、妹がスペインに馴染めず、家族はすぐにアルゼンチンに帰国(同じスペイン語圏なのに)。 13歳の少年は、単身バルセロに残る決心を自らの意思で選び、今日に至っているそうです。(今は、お父さんもお兄さんもスペインに暮らしている)2004年17歳の時にスペイン1部リーグにデビューして、いきなり初ゴール決め、19歳の時にはレアル・マドリードとの試合(通称クラシコ戦)でハット・トリック、別の試合ではマラドーナのようなドルブル5人抜きシュートも決めている・・・、まさしく“神に選ばれしサッカー選手”なのです!! マラドーナ(現アルゼンチン代表監督←こう書くことに何だか違和感)も“メッシがいつの日か、私を超えてくれることを望んでいる”と言わしめたそうです。 
バルセロナというチームの本拠地スタジアム“カンプノウ”は約10万人収容の大スタジアムで全世界に居るバルセロナ・ファンは約15万人。 昨シーズンのリーグ結果が3位で低迷したということで(別に降格になったわけでもないのに・・・)監督や10番のロナウジーニョはチームを去り、その後10番を任されたのが、リオネル・メッシという21歳の若者です。 そして、この若者はその重責を認め、引き受け、さらには楽しんでいるようにさえ見えます。 人生、皆、人其々ですが、人には生まれ持った使命や器というものがきっとあるのだろと痛感します。
13歳のメッシが故郷を後にする時に言った言葉は“乗るべき列車は一度しか乗らない”だそうです!! (同じチャンスは何度も来ないという意味。)
私はもちろん何度も乗るべきではない列車に何度も乗って、ワケ判んなくなって、引き返すことも出来ないぐらいですよ・・・。

ところでね、バルセロナ郊外にあるメッシの自宅映像で、やっぱり彼がアルゼンチン人なんだ~と言う証を見つけました。 それは・・・、“マテ茶”! 飲んでました!!
アルゼンチン人の簡単な見分け方: マテ茶が好きかどうか (結論)

P.S.: メッシ選手の日本語のブログがあります。 3月11日のブログによれば、本人もこの番組をDVDで観たと言っています。
http://ameblo.jp/leo-messi/entry-10221627293.html
このブログ、彼が日本人なんじゃないかと思うくらい、よく出来ています!!

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