2009年12月17日木曜日

映画 マラドーナ


12月12日から、渋谷で“マラドーナ”という現アルゼンチン代表監督のドキュメンタリー映画が公開されていて、見に行ってきました。 
この映画はセルビアのクストリッツァ監督が、2005年から2007年まで、つまりはマラドーナ氏が代表監督に就任する前の約2年間にインタビューをした映像を中心に構成されています。
私がこの映画を是非観たかった理由は、長年彼に対して私が持っている感想と疑問を少しでも解明したいと思ったからです。 私は、マラドーナ監督に関しては、今まであまり良いイメージを持っていませんでした。 私がサッカーを熱心に観るようになのは1994年のワールドカップ、アメリカ大会以来のことです。 その時のイタリアのロベルト・バッジョ選手の華麗なプレーと、フランコ・バレージ キャプテンを中心とした鉄壁の守備(というか、ギリギリのところでファールをせずにシュートを打たせないディフェンス力がすごく見事でした)に魅了されました。 しかし、この時のワールドカップで、イヤな記憶もあります。 1つはオウンゴールをしてしまったコロンビアの選手が、帰国後にマフィアに殺されてしまったことと、もう1つは、当時まだ選手だったマラドーナが、ドーピングで大会を追放されたことです。彼がちょうどその同じ年に、マスコミに向って空気銃を乱射した事件も大会中には何度も取り上げられていました。 私はマラドーナの輝かしい現役時代をリアルタイムで知らないので、確かに過去にスーパースターだったかもしれないけれど、それは過去の話で、現在がこんなお粗末な人は話題にするに値しないと思っていたのでした。以前私は、イタリア人の上司のもとで働いたことがありますが、何かの折に“マラドーナが、彼の足の半分、いや十分の一でも頭を働かせることができればあんなにミジメにならずにすんだ”と言っていたことを、今でも覚えています。(この話は1997年頃のはなしです。)(もちろんこの上司、ナポリの人ではありません。)
私の彼に対するイメージはこのようにかなり悪かったのですが、その後、サッカー雑誌を読んでいると、多くの世界中の活躍選手が、“マラドーナに憧れた”とインタビューで発言していました。(日本の中村選手や、現解説者の名波さんもマラドーナが好きだったと言っていました。)また、こんなに問題の多い人なのに、現役引退後でもアルゼンチン国民のマラドーナに対する熱狂ぶり、というか、妄信ぶりが、私にはどうしても理解できませんでした。 エヴィータとマラドーナに対する異常なまでの、アルゼンチン国民の思いは、しょせんアルゼンチン人ではない私には永遠の謎なんだろうな~と思っていました。

それで、映画を観た感想はというと、マラドーナ現監督の私のイメージは、以前より遥かにアップしました。 また、アルゼンチンの人が、なぜマラドーナなのかということも少し分かりました(歴史的な背景があるんですね。)映画の中で、彼は自分がコカイン中毒であったことを、とても後悔していました。“今までの過ちは、全て自分の責任だ。 しかしボールは汚れていない。”と語っている彼が、私には印象的でした。 (潔い言葉だと思えました。) そして、この映画を通して、イロイロなことを考えました。 正しいとは、一体どういうことなのか、とか、正直であるということとは・・・などなど。  

また、昨日ちょうど“マイケル・ジャクソン 愛と哀しみの真実”と称して、故マイケル・ジャクソンの幼児虐待容疑に関する裁判のことをテレビ番組でやっていたのを観たのですが、とにかく、マラドーナにしてもマイケルにしても、スターといわれる人達は、マスコミに追いかけられ、それによって相当な心労を負い、また、そのマスコミの取り上げ方ひとつで、全世界を見方にも敵にもしてしまうことになるのだと、感じました。 

残念ながら、マイケルの人生は終わってしまいましたが、マラドーナには新たな喜びがある人生をこの先続けて欲しいと思いました。 それにしても、神様から選ばれた、特別な素晴らしい才能を与えられた人って、本当に大変なんだなーと痛感します。 

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